異世界で俺だけレベルが上がらない！ だけど努力したら最強になれるらしいです？

連載

完全なる油断

　既に覚悟していた倉野は躊躇なく違う部屋に繋がる扉を開く。
　スキル隠密を発動している今、見つかるはずはない。
　倉野にはその安心感があった。
　そしてそれは完全なる油断である。

「伏せろっ！」

　いきなりレインがそう叫んだ。
　その声に驚きながらも倉野は瞬時にしゃがむ。
　すると倉野の頭上をナイフが猛スピードで通り過ぎた。
　しゃがまなければ、そのナイフは倉野の額に刺さっていただろう。
　倉野は突然のことに背筋の冷たさを感じながら、目の前を睨みつけた。
　そこには、大きな椅子に座る大男が一人と、大男の周囲に数人の男が立っている。
　座っている大男がレックレスであるだろうとその場の空気から読み取れた。
　レックレスは倉野たちに気付いていない様子で、一人の男に問いかける。

「いきなりどうしたバジル」

　バジルと呼ばれた男の目は真っ直ぐ倉野たちを捉えていた。
　その様子からナイフを投げたのがバジルであるとわかる。
　そして、その周囲の男たちは倉野たちの存在を認識していないようだった。
　バジルは倉野たちを睨みつけながら口を開く。

「俺以外気付いていないのは認識阻害のスキルの効果か？だが、あれだけの敵意を放っていたら気付いちまうぜ」

　その言葉を聞いたレックレスが眉間にシワを寄せた。

「敵意？認識阻害？どういうことだバジル」

　問いかけられたバジルはすぐに答える。
　バジルの言葉を聞いた倉野はスキル隠密が効いていないことを完全に理解した。

「スキル隠密が通用していない・・・・・・」

　そう呟く倉野。
　そんな倉野から視線を外さずにバジルはレックレスの問いかけに答える。

「敵襲ですよ、ボス。おそらく存在が見えなくなるスキルを使用しています」
「本当か？」

　聞き返しながらレックレスは警戒の色を強めた。同時に周囲の男たちも武器を手に取る。
　流石は戦いに慣れている騎士というべきか、相手の戦闘態勢に応えるようにレインは剣を構えた。
　そんな中バジルは言葉を続ける。

「ええ、相手は二人です。今、認識阻害のスキルを無効化します」

　そう言ってバジルは倉野に右の掌を向けた。
　その瞬間、倉野は自分の気配が現れたことに気づく。
　そして、それと同時にレックレスや他の男たちの視線が突き刺さった。
　レックレスは不適な笑みを浮かべ立ち上がり、口を開く。

「見えたぜぇ、侵入者。たった二人で来て何が目的だ？」

　その言葉を聞いたレインはすぐに状況を整理して言葉にした。

「スキルを無効化されたようだね。いや、先ほどの話を聞くと、あのバジルという男、最初からスキル隠密が効いていなかったようだ」

　頷く倉野。

「ええ、そのようですね。おそらくスキル無効化の能力・・・・・・」

　倉野の言葉を聞いたレックレスは右手を向けながら、言葉と怒りの感情を放つ。

「無視するんじゃねぇ！フレイムシュート！」

　するとレックレスの右手から倉野に向けて炎の塊が撃ち込まれた。
　いち早く察したレインが倉野の前に立ち、剣で炎を薙ぎ払う。
　剣の勢いで炎の塊は進行方向を変え、誰もいない場所で破裂した。

「あ、ありがとうございます」

　倉野がお礼を口にすると、レインはレックレスから視線を動かさずに返答する。

「油断するな、クラノ。相手が掌を向けてきたら魔法だと瞬時に判断するんだ。どれだけ能力が優れていても、首が胴体から離れれば死ぬ。魔法を受ければ消し飛んでしまうんだ。この状況になったら優先すべきは生き残ること。攻撃を躊躇するな。行くぞ！」

　そう言い放ったレインはレックレスに剣を向けて地面を蹴った。
　その背中を見ながら倉野は状況を整理する。

　スキル隠密でレックレスだけを捕え、呪術師に呪いを解かせる作戦。
　スキル隠密があるからこそ、百人近くの凶悪犯罪者がいるこの場所に堂々と踏み込んだ。
　しかし、スキルを無効化する能力を持ったバジルという男がおり、状況は一変。
　この部屋にいるレックレスとバジル、そしてその他の数人の男。さらに背後には百人近くのヴェンデッタメンバーたちが酒を飲んでいる。その全てを相手に戦わなければならないのだ。
　だが、勝利条件は変わらない。呪術師に呪いを解かせなければ負けである。
　つまり、呪術師を殺すことは許されず、時間という制限がある以上、気絶させることすら避けたい。

　この戦いの難易度を理解した倉野は立ち上がり、奥歯を噛み締めた。