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犬宮賢と怪異

「完全勝利に終わっていたんだよ」

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「犬宮さん、起きたんですか?」

「うん」

 心優の言葉に返答しつつ欠伸を零し、体を上に伸ばす。
 涙を浮かべ、ごしごしと拭いた。

「あの、いいようにしてやったとは、一体?」

「飛縁魔は、いつでも雫の命を狙う事が出来ていたんだよ。それに鷹を括り、油断していたんだ」

 ────油断?

 確かに犬宮さんと黒田さんは、無闇に人を傷つけたくはない怪異だけど、それを飛縁魔は利用しようとしたってことか。

「繁華街で一度、俺達が飛縁魔に負けたって言ったでしょ?」

「え、は、はい」

「その時に、俺達は怪異でもむやみに人を殺さないと思ったんだろうね。現に、黒田は自身の力の半分も出す事が出来ずやられたし」

 犬宮の言葉に対し、黒田が気まずそうに顔をよそに向ける。
 心優も隣に座る黒田を見るが、何も言わない。
  
 気まずい空気が流れる中、犬宮が場の空気を変えるように続けた。

「その時は俺も動けなかったから、黒田ばかりを責めることは出来ないんだけどね」

「あ、そんなこと言ってましたね」

「うるさいよ」

 え、えぇ……、だって、言ってたから……。

「ポジティブに考えよう。雫を人質にすれば俺達に勝てると、相手に思い込ませることが出来たとね」

「それは、ポジティブという言葉で片付けてもよろしいのでしょうか…………」

 堂々と言い切っている犬宮の言葉に疑問を抱くが、あまりに堂々としている為、彼の言葉が正しいと思ってしまい強く言い返す事が出来ない。

「まぁ、そんな感じで。鷹を括った飛縁魔は、雫がいればどうにかなると踏んでしまった。でも、そんな命綱は、心優の親である信三さんが無力化したから意味は無い。そこからは、怪異対決。黒田の賭けで終わればそれでよし。負けても、次の段階を用意していた。今回の事件は、どこに転んでもこちらの完全勝利に終わっていたんだよ」

 鼻を鳴らす犬宮に、心優は感心。
 黒田を見ると、ニコッと笑みを返された。

 ――――やっぱり、この二人が揃うと強いなぁ。
 事前に手を打つ犬宮さんに、なんでも出来る黒田さん。
 私は、今回も何も出来なかったな……。

 ため息と共に再度、ファイルを開き今回の事件を読み直そうとすると、着信が鳴り響いた。


 ――――プルルルルルルルルルルルル


「電話……?」

 心優は顔を上げ犬宮を見るが、何も動きを見せない。
 事務所への連絡では無いことは明らか。

 反対側を見ると、黒田がポケットに手を入れスマホを取り出していた。

 黒田さんの電話だったか──と、心優は再度ファイルを見る。

「もしもっ――――」

 電話に出た瞬間、黒田の言葉が途中で止まる。
 不思議に思い、心優は隣に座る黒田を横目で見た。

 電話中というのもあり、どうしたのかと聞いても良いか悩む。
 だが、いつもと様子が違う。

「あの、黒田さん? どうしたんですか?」

 どんな時でもヘラヘラしている黒田が、電話を手にした瞬間無言。それだけで違和感。

 ――――電話越しの相手って、誰なんだろう。

「あの、黒田さん?」

 再度問いかけるが、黒田には聞こえていない。

 心優が顔を覗き込もうとすると――……

「っ、ふにゃっ!!!」

 足音もなく近くまで移動していた犬宮が心優の顔を抑え込む。

 無理やり後ろへ下げられ、変な声が出てしまった。
 だが、そんな彼女を無視し、犬宮が黒田の顔を覗き覗き込む。

「…………」

 犬宮の目には、黒田の苦しげに歪んだ表情が写り込む。

 目が合い数回瞬きすると、眉を顰めながらも口を横に引き延ばし、空いている方の人差し指を口元に当てた。

「……………………」

 黒田の辛そうな表情を目の当たりにし、横に垂らしていた手が自然と動く。

 黒田の頬に手を伸ばしたかと思うと──……


 ――――――――バチッ!!!


「っ、黒田!?」

「黒田さん!?」

 犬宮が手を伸ばそうとした瞬間、突如黒田の耳に当てていたスマホが大きな音を立て火を噴いた。

 ドテッと、吹っ飛ばされた黒田がソファーから落ち倒れ込み、動かなくなる。
 スマホを当てていた耳は、先ほどの爆発に巻き込まれ肉がちぎれ、血が流れ出ていた。

「黒田! おい! しっかりしろ!!」

 すぐに気を取り戻し、犬宮が駆け寄って黒田を起こそうと名前を何度も呼ぶ。
 だが、目を閉じ反応はない。

 首がぐらぐらと動いてしまっており不安定。
 落ちないように気を付けながら支え、彼の体を起こさせた。

 何が起きたのかすぐに理解出来なかった心優は、何度も黒田の名前を呼ぶ犬宮の声でやっと我に返る。

 すぐに立ち上がろうとした際、床に投げ出されたスマホに何故か意識が取られ、自然と手が伸びた。

 ────な、何。なんか、呼ばれているような、気がする。

 まだ犬宮が黒田の名前を呼び、目を覚まさせようとしている。
 今すぐに自分も何かしないとと思いつつも、手に取ったスマホが気になり動けない。

 手に持ったスマホは大きな爆発音を出した割には、ダメージが少ない。
 画面には、非通知と書かれた通話中の画面。

 ドクン、ドクンと。
 脳にまで響く自身の心音。震える体、流れ出る汗。
 それら全てを無視し、心優はスマホを自身の耳に当てた。

「――――ひっ!?」


 ――――ガシャン!!!!


 耳に宛てた瞬間聞こえてきたのは、老人の低く、しわがれた声。
 ほんの少ししか聞いていないはずだが、体が大きく震え恐怖に支配されてしまった。

 な、なに、今の声。なにか、呟いていた。
 なにかはわからないけど、呪文……みたいな……。
 わからない、ただ、体が勝手に反応した。

 ――――今のは、絶対に聞いてはいけない言葉……だと。

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