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野菜たちが実を結ぶ〜ヘタレ男の夜這い方法〜

2.どうすればいい?

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 セシリアと夢を語り合ってから、一ヶ月が経過した。
 あれからほぼ毎日、アルヴィンは仕事終わりに丘へ行く。するとセシリアもまた丘へと来ていた。
 二人はそうして農業話に花を咲かせる。家では野菜を作っているという彼女は、色んな栽培方法を試していた。その結果を彼女は惜しげも無く教えてくれる。アルヴィンもまた、独自の栽培方法を試した事を語り、二人の会話は盛り上がった。そう、いつも時間を忘れて。

「あら、もうこんな時間ね。帰らないと」
「あ……うん、そうか」

 夏場の日は長いが、二人で話しているとあっという間だ。名残惜しい。もっともっと話したい。

「じゃあ、またね。アルヴィン」
「ああ、またな……セシリア」

 アルヴィンはセシリアに手を振った。ロレンツォなら、家まで送るとか何とか言うのかもしれない。だが、アルヴィンは言えなかった。
 野菜一筋でやってきた彼には、どうすれば良いのか見当がつかない。この徐々に芽生えた恋心を、どう表せばいいのか分からないのだ。
 いきなり送ると言っても良いのだろうか。変に思われないだろうか。手は繋いでもいいのだろうか。……好きだと言っていいのだろうか。
 トマトとオレンジの段々畑を作りたい。それは自分一人ではなく、セシリアと作りたい。セシリアと……結婚したい。
 そこまで考えて、アルヴィンはブルブルと頭を振った。いきなり結婚の話など出来る訳がない。それくらいはいくらアルヴィンにだって分かっている。

 アルヴィンはセシリアの控えめな笑顔を思い浮かべた。奥ゆかしい。そんな感じがするが、スッと一本筋の通っている女性だ。彼女には決まった人がいるのだろうか。誰かに夜這いされた事はあるのだろうか。

「夜這い……か」

 セシリアに夜這いをしてみようかと考えた事はある。しかし間抜けな事に、彼女の家がどこにあるか知らなかった。それこそ家まで送ると言って調べるべきだろうが、妙な下心があると思われるのがどうにも恥ずかしい。夜這いを仕掛けるならば恥ずかしいも何もないはずなのだが、人を初めて好きになったアルヴィンは、臆病になっていた。
 一言で夜這いと言っても、滅多矢鱈に押しかけて犯すような真似はしてはいけないようになっている。夜這いをするためのルールというものがこのノルト村には存在するのだ。
 先ず目的の相手の家には無理矢理押し入る事はせずに、窓越しに会話をしなければならない。
 夜這いに来られた側はすぐに追い返すのは許されず、最低でも三分は話をしてみる事。
 断る時はそっと窓を閉める事。閉められたらしつこくせずにすぐに帰る事。
 男性側から夜這いをして妊娠をさせた時には、何らかの責任を取らなければいけない。
 もちろん、女性の方から逆夜這いをしても構わない。
 しかしその場合は男性側とは逆で、相手に責任を取らせてはいけないのだ。
 それがこのノルト村の夜這いの大まかなルールである。
 そのルールを心の中で反芻し、アルヴィンが導き出した答えは──

「あいつに、聞いてみるか」

 人に頼る事だった。
 あいつというのは、何度夜這いを仕掛けたか数知れない、アルヴィンの友人である。
 ロレンツォという名の友人を、アルヴィンはトマトの出来を見に来いという名目で呼び寄せた。
 自慢のトマト畑の中で、アルヴィンはロレンツォに話しかける。

「ちょっと、お前に相談があって……」
「相談? トマトの出来を見せたいんじゃなかったのか?」
「いや、それはそうなんだが……」
「どうした?好きな女でも出来たか?」

 ロレンツォはこちらを見てニヤニヤしながら聞いて来た。こういう事にはやたら察しが良くて助かる。少し、恥ずかしくはあるが。
 アルヴィンは頭を掻きながら頷いて見せた。

「う、うん、まぁそんな所だ」
「っほう!」

 ロレンツォは自分で言っておきながら、驚いた様に声を上げている。

「相手はどこのどなただ?」
「……何処かは知らない。名前はセシリアというんだけど、知ってるか?」
「ああ、セシリアか。東の井戸の近くの、エルリーズの隣の家の子だろう? 黒髪で伏し目がちの」

 簡単に住所が分かった。さすがロレンツォである。と当時に、不安が過る。

「ロレンツォ、お前、セシリアを……」
「夜這いか? してない。まぁ、窓越しに何度か話はしたがね。きっちり三分経った時点で、ピシャリと窓を閉められた。良く覚えているよ」

 ロレンツォは可笑しそうにクックと笑う。拒絶された事に腹を立てている様子も、落胆している様子も見られない。さすがロレンツォ、と言うべきであろうか。

「するのか? 夜這い」

 そう問われて、アルヴィンはカッと赤くなり目を逸らした。

「そんな、つもりは……」

 いや、ある。本当の事を言えば、したい。

「あるんだろ? 行ってくればいい。別に部屋に入れてもらえなくたっていいじゃないか。こっちにはその気があるっていう、良いアピールになる」
「……行っても良いと、思うか?」
「行って悪い理由なんか、ひとつもないだろ?」
「今の関係が壊れるのは、嫌なんだ」

 そう、怖い。今の関係が心地よく、楽しいから余計に。
 ロレンツォは真剣に悩むアルヴィンの肩を、ポンと気安く叩いてきた。

「お前から恋の悩みを聞ける日が来るとは思わなかったなあ」
「茶化すなよ、ロレンツォ」

 アルヴィンが顔を熱くさせながらロレンツォを睨みつける。すると彼はアルヴィンの気持ちを知ってか知らずか、苦笑いを漏らし始めた。

「茶化してなんかないさ。良い傾向じゃないか。行って来いよ。そんなことで関係が壊れるほど、お前もセシリアも子供じゃないだろう。大丈夫だ」

 ロレンツォはびっくりするほど簡単にそんな事を言ってのけた。そりゃ、ロレンツォにとってはそうかもしれない。夜這いと結婚を全く結びつけていない、この男にとっては。
 だが、アルヴィンにとってはそうではないのだ。
 アルヴィンが嘆息していると、ロレンツォは勝手に畑のトマトをもぎ取り、バクリと食い付いている。

「お前ん家のトマトは最高だな。これ、もうひとつ貰っていいか?」
「ああ、いいよ」
「サンキュー。あ、そうだ。初めて夜這いに行くなら、何かプレゼントを持って行け。高価な物は駄目だぞ、受け取って貰えないからな。相手が遠慮せず受け取れて、かつ場が和む物だ。成功率が上がる」
「難しいな。何が良い?」
「そのくらい、自分で考えろ」

 そう言ってロレンツォはもうひとつトマトをもぎ取ると去って行った。
 肝心な所を聞き出せなかったアルヴィンは、腕を組んで思い悩む。
 一体何を持っていけば良いのだろうか。首を捻らせたアルヴィンは、目の前で揺れる真っ赤なトマトを見ていた。
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