66 / 173
野菜たちが実を結ぶ〜ヘタレ男の夜這い方法〜
1.出会い
しおりを挟む『入って行けよ』
そう言えたらどんなに良かったか。
しかしアルヴィンが考えてしまったのは。
パ、パンツが見えてしまうっ!!
悲しいかな、こうだったのだ──
「よし、病気もなく順調だな! 甘く美味しく育ってくれよ!」
暑くなり始めた夏のある日。
太陽の光が降り注ぐ中、アルヴィンはいつものように実り始めたトマトへと愛おしい目で語り掛ける。この世に生を受けて二十二年間、畑の野菜一筋の人間である。野菜が恋人、と言っても過言では無い。
アルヴィンの持っている愛や情熱は、全て野菜の為だけに注がれる。他の所に行く余地など、あるはずもない。
「ふう、今日の仕事は終わりにするか」
かがめていた腰を伸ばすと、遠くの方でおーいと声がした。見てみると、村人の一人がこちらに向けて手を振っている。
「アルヴィン、畑仕事は終わりか?! 一服してかねーか?!」
一服、という言葉を聞いて、アルヴィンは少しだけ眉を寄せた。
アルヴィンの住むノルトの村は一見普通の村と変わりはないが、実は一風変わった風習がある。
それはなんと、夜這いだ。
しかしそれにはちゃんとしたルールが設けられていて、無理矢理女が虐げられる事は無かった。
そしてそのルールは、幼いうちに大人達から教えられる。女達は母親に、男達は畑後の集会で聞かされるのが常であった。
もちろんアルヴィンもまた、このルールを聞いて知っている。が、そんな事をするつもりはさらさら無かった。アルヴィンの友人にロレンツォという名の男がいるのだが、彼はこの話を聞いたその日から、村中の女性宅を回って会話を楽しんでいるらしい。会話だけで終わっているわけはないだろうとアルヴィンは推察しているのだが。
無論、それが悪いというつもりは無い。割と性にオープンなこの村では、女性達も受け入れてくれる事が多いようだ。アルヴィンは夜這いなどしたことが無いので、そこのところは分かりかねたが。
つまり、この村人の言う一服というのは、例の集会の事なのだ。内容はほぼ女の事ばかり。昨日は誰それの所に夜這いに行った、断られた、成功した、具合はどうだった、とこんな感じの話し合いである。
遠くにいるその男に分かるように、アルヴィンは首を横に振ってから答えた。
「いや、今から畑の開拓地を探しに行くんだ! 遠慮しておくよ!」
アルヴィンはほとんどその集会に出た事は無い。興味が無い訳ではないが、それよりも畑に関する事をしていた方が楽しいためだ。
「相手もいねぇうちから開拓地探しか! まぁ、頑張って来い!」
そう笑いながら村人は去っていた。まあ笑われるのも仕方無いだろう。開拓というのは本来、長男以外の男が結婚した時にするものなのだ。アルヴィンは次男で、兄はもう結婚している。家の土地は兄が、そしてゆくゆくはその子供の長男が継ぐことになるだろう。これだけ働いていても、結婚しない限りアルヴィンは『兄の手伝い』でしかないのだ。
「自分の畑が欲しいなぁ……」
こだわるつもりは無いが、やはり自分の畑というものが欲しい。しかし開拓など一人で出来るものではないのだ。結婚でもしない限り、村人も手伝ってくれはしないだろう。皆、自分の畑で手一杯なのだから。
アルヴィンは深く息を吐きながら、大きく隆起する丘へやってきた。
夏らしい青空の下、爽やかな風が囁くように吹き抜けていく。
「やっぱりここはいいな。水はけが良くって、トマト作りには最適だ」
そう、アルヴィンが呟くのと同時だった。いつの間にいたのか、アルヴィンの隣で女性が「水はけが良くて、オレンジ作りには最適ね」と呟いたのが。
「「え?」」
二人は再度同時に声を上げ、顔を見合わせた。知らぬ顔だ。ノルトは村と言ってもかなり広く、人口も割合多い。
その女性は長い黒髪をアップで束ねた、そこそこの美人だった。少し伏し目がちで、あまり快活でない印象を受ける。
「……開拓地を探しているのか?」
年齢はアルヴィンと同じくらいだろうか。しかし村で一つしかない学校で見かけた覚えが無いということは、いくらか年が上なのかもしれない。
「いえ、そういうわけじゃ……ただ、ここはオレンジ畑に丁度いいなって」
「そうか、オレンジも水はけが良い所じゃ無いと甘くならないもんな」
「ええ、トマトと同じね」
二人は見つめ合って微笑んだ。アルヴィンはフルーツ栽培は専門外だが、それでもこういう会話は楽しい。
「もし結婚したら、ここの土地を買い取って、オレンジ畑にするのが夢なの。段々にして、更に水はけを良くして」
「そうなると石垣を積まなきゃいけなくなるな。それは大仕事だ。それよりもトマトを植えた方がいい。丘の頂上から流れる様な畝を作れば、この日当たりのいい場所では甘さがぎゅっと凝縮された良いトマトが出来るぞ」
「あら、それでは雨よけがなくて、トマトが弾けてしまうわ。こういうのはどう? 南向きに段々畑を作って、オレンジと交互に植えるの。オレンジは斜め植えにするから、トマトの雨よけになってくれるわ」
「斜幹無剪定定植法か。それならトマトが影になる事も無く、陽性植物にも影響はないな。それはいい!そうしよう!」
アルヴィンの頭に、オレンジとトマトが交互に実らせる様子が浮かんだ。想像ではあったが、その段々畑はとてつもなく美しい。
「ここの土地を買うの? アルヴィン」
「いや、そんな金は無いし、あったとしても結婚してないんじゃ許してもらえな……って、なんで俺の名前を?」
アルヴィンは妄想から覚め、その女性の顔を見た。彼女は伏し目がちの目を少し細め、ほんの少し微笑んでいるように見える。
「同じ学校に通ってたんだから、知ってるわよ。あなたは私より二つ年下ね」
「……ごめん、思い出せない」
「アルヴィンは畑にしか興味なかったものね。私はセシリアよ。うちは野菜中心に作ってるけど、私はいつかオレンジが作りたいの」
「へぇ、いいな」
アルヴィンがそう言うと、セシリアは少し頬を染めて嬉しそうに笑っていた。
互いの夢を語り合うのは良い。それも野菜や果物の話なら、尚更だった。
アルヴィンはトマト作りの情熱を、セシリアはオレンジ作りに思いを馳せ、二人は存分に語り合った。
107
あなたにおすすめの小説
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』
鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」
その一言で、私は婚約を破棄されました。
理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。
……ええ、どうぞご自由に。
私は泣きません。縋りません。
なぜなら——王家は、私を手放せないから。
婚約は解消。
けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。
失ったのは殿下の隣の席だけ。
代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。
最初は誰もが疑いました。
若い、女だ、感情的だ、と。
ならば証明しましょう。
怒らず、怯えず、排除せず。
反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。
派手な革命は起こしません。
大逆転も叫びません。
ただ、静かに積み上げます。
そして気づけば——
“殿下の元婚約者”ではなく、
“揺れない王”と呼ばれるようになるのです。
これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。
王冠の重みを受け入れた一人の女性が、
国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる