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沼に落ちた

押し込まれるスイッチ

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言葉にならず堪らず引き寄せ腕に抱き込んだ。
潰してしまわないよう、痛くないよう、それでいてしっかりと抱いた。
自分よりも随分と細身の体の存在が、この世の中で一番尊く大事な物に思えた。


「陽太、大丈夫。伝わってる。」
「…ほん、と?」
「十分だ。伝わってるよ、ありがとう。」
「好きって、伝わった?」
「ああ、だからもう泣くな。可愛すぎるから。」


伝わった。
もう十分過ぎるほど伝わった。
だから俺からも伝えさせて欲しい。


「俺も好きだよ。」
「……………………今なんて?」


しばらく反応が無かったがキョトンとした顔で問われる。
口に出すまでは緊張するものだが一度伝えてしまうと更に伝えたくなる。
何度でも飽きるほど言ってやろう。


「俺も陽太が好きだよ。」


今度は嘘だと言われた。
混乱しているらしく、頭の中が忙しいようでコロコロと表情が変わるその様子も可愛いものだった。
俺の言葉を理解し処理し受け取ると顔を赤く火照らせ、心臓が痛いと胸を抑え嬉しさを顕にする。
その愛らしさといったら。
陽太は天使の生まれ変わりに違いない。


嬉しい嬉しいと顔を赤らめ煌めいていた陽太が今度は真剣に何かを悩みだす。
何事だろうか。


「え?…じゃあ、どうしたらいいのかな…?」


あまりの可愛さに吹き出してしまった。
付き合う以外に何があるのあろうか。
本当に飽きない。
笑っていると「彼女とか要らないって言ってたし…」と訝しげな顔で言われた。
確かに言った。
だが、どうしても陽太は欲しかった。
そう告げると、ややこしい…と不貞腐れように照れる。


不貞腐れ照れ後に、また何か考えているようだ。
顔が整っているため真顔が人間離れしており感心してしまう。
考えを焦らせないよう、どうしたと問う事はしない。
のんびりと観察しながら待つ。
俺の目の前で無防備に思案している陽太の前髪を弄りながら、今キスをしたら驚くだろうなと実に浮かれた妄想を楽しむ。
たっぷり時間をかけて考えた陽太が伝えてきたのは、腕の傷の事だった。


「あれ自分で噛んで出来た痕で、俺ドMなんです。」


この愛らしい生き物が自分はドMだと緊張した面持ちで伝えてくる。
勘でしかないが、そうだろうという予感はあった。
だが陽太の性癖の事は、さして重要視していない。
サディストでもノーマルでも、じわじわと作り替えるつもりだったからだ。


だが実際目の前でドMだと告白されると、たまらないものがある。
自分で言うのもなんだが普段の擬態は完璧だと自負している。
俺がSだという事は安易に想像が出来ないだろう。
そんな人間に自分の性癖を告白するのは、どれだけの勇気が必要だっただろうか。
不安そうにこちらを伺う目線。


頭が冷え、普段は頑丈に固めているスイッチが押し込まれる感覚がした。
腹の底に隠していた本性が顔を出す。


どうしてやろうか。
どう甘やかして、どう苦しめて、どう溶かして、どう愛そうか。


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