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沼に落ちた
苦しいほどに
しおりを挟む腕の傷痕から察するに自分で噛んだのだろう。
無数の噛み痕がある。
皮膚が抉れるほどの力で噛んでいるようだ。
常にカーディガンを着込んでいた理由はこれか。
精神的なものからくる自傷行為だろうか。
痛みで快感を得る性癖という可能性もあるが今は何とも言えない。
「朝日、あとは頼んだ。」
萱島が脱力した犯人を引きずって教室から出て行った。
ようやく目障りなものが消え清々する。
俺が殴る前に何処かに連れ去って欲しかったため助かる。
寒そうな陽太に俺のパーカーを着せ教室から出た。
破けた服、潰れた紙袋、壊れた携帯。
それらを回収している陽太の顔が徐々に曇って行く。
少し落ち着いて被害にあった実感が湧いてきたのかもしれない。
今にも決壊しそうな感情を押し殺しているのだろう、廊下を歩いている最中も黙って耐えている。
こんな時でさえ耐えて忍んで堪えて隠すのか。
その表情を見て寮管室ではなく自室に連れて行き思い切り甘やかしてやろうと決めた。
管理人室に連れて行っても壁を壊せ無いかもしれないと危惧し、もうプライベート空間に取り込む事にする。
外聞も体裁も一切どうでも良い。
そんなものに囚われ陽太を取り逃がす事の方が恐ろしい。
とにかく甘やかしてドロドロに溶かしてやりたい。
俺の前では我慢などしなくても良いのだと知らしめてやりたい。
本来ならば甘やかすだけでは足りないが取り敢えずは自分の性癖など置いておこう。
俺の事はどうでも良い。
誰に何と言われようが陽太を人一倍甘やかすことを決めた。
部屋に連れ込みソファーに座らせる。
作ったココアを差し出すと素直に受け取り一口飲んだ。
強張っていた陽太の身体がココアの温かさによって弛緩したようにソファーに沈む。
緊張が解けたようで安心したのも束の間、気が緩んだのか急に陽太が泣き出した。
顔を隠すように丸まり、破けた服や壊れた携帯について悔しそうに訴える。
自分が押し倒され襲われた恐怖ではなく、与えてもらった物を壊された事に対しての悔しさからの涙のようだ。
「綺麗に、出来たのにっ…」
「ん?」
「あのチョコっ…紙袋のっ」
「ああ、あれか。」
「朝日さんに作ったのに、渡して、ちゃんと言おうと思ってたのに…」
そうだ。今日は2月14日。
今日は数個ほど他の生徒から貰った。
陽太が用意してくれていたとは思いもしなかった。
しかも作ったとは。
言おうと思っていたという事は好意を伝えようと準備してくれていたのだろう。
思ったよりも好かれていたようだと感動し伏せてしまっている陽太の頭を撫でる。
陽太が顔をあげ濡れた目で俺を見つめてくる。
とても絶望的な表情をしていて驚く。
何に絶望しているのだろうか。
目を見ていたら、更に顔を歪め糸が切れたように泣き出した。
「好きですって…、すごくすごく好きですって…気持ちをっ、つ…伝えたかったのに…ッなのに、こんなっ…ふっ…ぅっ…、ッ…っ…」
きちんと場を用意して伝えたかったのだと悔しそうに泣いている。
こんなにも俺が好きだと訴えている。
何故こんなに素直なのだろう。
何故こんなにも尊いのだろう。
なかなか思い切れなかった自分を恥じた。
堰を切ったように溢れる涙を必死に拭いている姿が、苦しいほどに愛おしく思えた。
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