魔拳のデイドリーマー

osho

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第15章 極圏の金字塔

第265話 雪国道中、進路変更

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……冬のフロギュリアなめてたな。
前世の知識で雪国の雪道の過酷さは知ってたつもりだったけど、うん……甘かったよ。

出発の時に町の外に出ると……僕がこの町に来た時よりもさらに雪が積もっていた。
膝上なんて生易しいもんじゃなく、1mはありそうなくらいに。子供がすっぽり隠れる高さだ……都市の中は、壁で覆われてたからここまでにはならなかったんだな。
しかも、天候はやや強めの吹雪。現在進行中で積雪中ときた。

それをかき分けて出発したのは、ドナルドが手配していた『大型削雪獣』が引く、荷馬車だ。
ただし、馬車とは名ばかりで……見た目は『そり』である。『車』はない。

聞けば、この雪の中を『車輪』で進もうとすれば、あっという間に雪に足を取られて動けなくなるとのこと。いくら凍結や雪づまりに強い素材・構造で作っていても、そのへんは限界があるので、素直にもっと進みやすい形状に変形させたそうだ。車輪は着脱式なので。

それを引く『大型削雪獣』とやらは、一言で言えば……象と熊を足して2で割ったみたいな見た目の魔物だった。ただし、大きさは多分、象より大きい。
大木の幹のような力強い四つ足で歩き、積もった雪をものともせずに進んでいく。

ちなみに、『削雪獣』ってのは、雪の中を荷馬車その他を引っ張って移動する魔物、という役割を持つ魔物に共通の通称であり……こいつの正式名称は『エレファントベア』というらしい。

そしてこのエレファントベア……意外と歩くのが速い。
なんか……体全体の骨格は、どっちかっていうと熊に近そうなのだ。ひょっとしたら、その気になれば2足歩行とかできるのかもしれない。
一部の熊は、たしか馬と同じかそれ以上の速度で動くんだっけ? そら速いわな。

これで性格は温厚だってんだから……魔物って見た目で判断するの難しいよなあ。

そんな頼もしい『大型削雪獣(エレファントベア)』に引っ張られながら進んでいたわけだけども……道中、障害は多かった。

雪の中から襲ってくる魔物もいたし、あまりにも悪路で迂回しなきゃいけない場所もあったし……空の旅に慣れてて、こういう苦労忘れがちだったな、最近。
遠距離の移動って、大変なものだったんだ。うん。ちょっと反省。

しかし、一番の障害、というか厄介な点は……何と言っても『寒さ』だろうな。

僕らが乗ってる荷車部分は、それ自体がマジックアイテムになってて、ある程度の暖房機能がある上、クッションや羽根布団であったかく過ごせる仕様だったけど……それでも限界はあった。

断熱のためにいい素材を使って、気密性も上げてるとはいえ、外部からの氷点下の冷気を完全に遮断できるわけではない。部屋の中も、外寄りは全然ましとはいえ、寒くはなるのだ。
完全に密封とかしてると、息苦しくなるから……ある程度、外と中で空気が通るような設計になってるらしいし。

そのための暖房機能だけど、暖房はつけっぱなしではなく、寒くなったらスイッチを入れて温め、十分温まったら消して……って感じで、極力節約しなきゃいけなかった。
魔力の消費とか、パーツの摩耗とか、色々な理由があるらしい。

ここでも反省。空調完備の『オルトヘイム号』での船旅に慣れ切ってたな……。

そして、寒さ同様、襲ってくる魔物の相手も大変だった。

『エレファントベア』は、おとなしいけど強い魔物なので、野生の魔物たちに対してのけん制にも有効だって話だったけど……どうも、凶暴化してるようで、躊躇なく襲い掛かってきた。
結局返り討ちにされて――打ち漏らしはこっちで処理したけど――倒れた魔物たちの体を調べてみると、妙にやせていた。寒さで飢えてたのかもね。

しかし、全部を全部『エレファントベア』に任せると、彼らの消耗が激しくなるので、ある程度は僕らや、ドナルドのつれてきた兵隊さんたちが対応した。

その際、大雪の中で戦うのが大変だったこと……。
雪に足を取られて思うように動けないわ、吹雪で見えづらいわ、何か知らんけど魔物が体色が白いやつがやたら多くて余計見えないわ、時々雹とか混じってて地味に痛いわ……

まあ、運動できて温まったから、その点ではよかったんだけどね。

って言ったら、ドナルドとか護衛の人たちから『マジか』的な目で見られた。
まあ、彼らからしてみれば、氷点下の環境下で魔物と戦うなんて、命がけ以外の何物でもないから、僕が言った『バトル余裕』的なことは耳を疑う内容だったんだろうな。

ちなみに、そうして散った魔物たちは、もったいないので回収しました。
後ではぎ取りして、使える素材は使うつもりでいる。ドナルドと僕らで山分けにして。

しかし、さすが雪国……今までに見たことない魔物がわんさかだった。

雪景色に隠れて奇襲してくる、シロヒョウみたいな『ホワイトパンサー』をはじめ、白い蛇の魔物『アイスサーペント』、鷲みたいな『ブリザードイーグル』とまあ、色々と……同じように奇襲してくる白い魔物はいっぱいいた。

それに加えて、体が白い上に、ヒラメみたいに平たくて大きい体を地面にぴったり伏せて、近づいたところを噛みついてくる『フラットファング』。
ここ陸だろ、何で魚がいるんだって思わず突っ込んじゃったけど、オリビアちゃんいわく、アレ分類的には蛇らしい。そうなのか……まあ確かに、コブラとかもうちょっと平たく伸ばしたらあんな感じになるかも、って見た目だったかも。

あと、対象的に全然隠れずに襲ってきたのもいたな……白い雪景色からかなり浮いている深紅の体毛をしている熊『レッドグリズリー』が。
こいつは知ってた。前に資料で読んで、変な生態の魔物もいるもんだな……って、覚えてた。

体臭やフェロモンに、何かこう……焼肉とかステーキみたいな美味そうな匂いが含まれてて、それで獲物をおびき寄せる狩りの仕方をする魔物。それにより、匂いにつられてきた他の肉食の魔物を、逃げも隠れもせずに待ち受けて返り討ちにし、捕食する。
今の時期なら、飢えた『ホワイトパンサー』なんかが寄ってくるだろうね。

僕らには待ってたりせずに普通に襲ってきたけど、返り討ちになったのは熊の方だった。



そんな感じで、一部は食料の足しにもなる魔物たちを仕留めながら――雑食であるエレファントベアにも分けてあげつつ――王都を目指し、進むこと数日。

道中特に大きなトラブルもなく――細かいのは色々あったけど、元々が過酷な旅だ、許容範囲だろう――ここまでやってこれていることから、このまま問題なく王都『シィルセウス』に行けるかな、と思っていた矢先だった。

「え? 行けなくなった?」

「あー、うん、ごめん。ホントごめん……完ッ全に、誤算だった」

そう言って、目の前で手を合わせて謝罪してくるドナルド。
それを僕ら一同、きょとんとして見ていて……視界の端で、オリビアちゃんとメラ先生、そしてザリーの3人だけが、『あー』ってな感じの目になっている。
どうやら、地元民は事情というか、内容がわかるようだ。

しかし、よそ者である僕らは、説明を要する事柄であるので……プリーズ、オリビアちゃん。

「かしこまりました……といっても、内容は極めて単純です……天気が悪いんです」

「……いつも悪いよ?」

「いえ、こんなレベルではなく……というか、そうですね、一から順に話しましょう」

そこで一拍置いて、オリビアちゃんは語りだす。

「そもそものところを言えば、天気というよりも……私たちの進行方向上に、ある気象現象が起こっていることが問題なのです。その名を……『アロスガレア』といいます」

聞いてみると……どうもその『アロスガレア』とやらは、日本でいう台風、アメリカでいうハリケーンみたいなもののようだ。それも、フロギュリアらしく……超極寒版の。

雪や氷を噴き上げた、地獄のような大風が吹き荒れる現象で、日本の台風の時同様、外出はほぼ自殺行為と言われる。

まあでも、さほど珍しくもなく、毎年、冬の間に数回は見られる現象らしい。

が、数年から十数年に1度くらいの頻度で、とんでもない規模のそれが発生する場合がある。
運の悪いことに、今回のがそれらしい。

今年みたいな、いつもよりも寒季が長引く年によく現れるのだそうだ。

氷点下数十度+風速数十mの強風に加え、当然のように雪が降ってるもんだから吹雪+地吹雪で視界は最悪。おまけに雹や落雷、さらには『アイスレイン』まで伴っており……範囲内に入ったら、人だろうが魔物だろうがまず死ぬ、とされている。

あ、『アイスレイン』って知ってる?
ファンタジーとかじゃなく、れっきとした気候現象だ。前世――地球にもあった。

一言で言うと、触れた瞬間に凍り付く雨、ってとこ。
空から降ってくる雨が、0度以下の氷点下になっているもので……降ってくる最中は液体の水なんだけど、地面でも木の枝でも、何かにぶつかったとたんに氷結する。

道路は一面の氷になるし、木の枝とか屋根とか、電線とかにも重い氷が付着して壊れたりちぎれたりするので、ある意味雹よりも厄介な冬の災害である。

で、そんなものまで含んでいる寒帯低気圧(んなもんあるのか知らんけど)『アロスガレア』は、勢力圏内に入った直後に万物を氷漬けにしてしまう、極北のこの国でも1、2を争う大災害とされており……過去には、進路上にあった町一つが滅んだこともあったそうだ。

城壁をきっちり作って防寒を徹底していたにも関わらず、それが通過するまでのおよそ数時間から半日の間に、町そのものが氷漬けになって、そこにいた人々は一人残らず凍死したらしい。

駆けつけた救助隊が見たのは、町そのものが氷の中に閉じ込められ、オブジェのようになっていた、美しくもおぞましい、地獄のような光景だったそうだ。

幸い、といっていいのか、この『アロスガレア』は一度発生すると、あまり長距離を移動することなく消える上に、進路を変えることがほぼなく、効果範囲の予測が容易だそうだ。
なので、迅速に避難すれば、最悪町とか村を放棄することにはなっても、最悪の事態は避けられるらしい。旅の途中とかで、うっかり運悪く遭遇して入っちゃった、とかでなければ。

ちなみに、移動中である僕らがこいつの存在を知ることができたのは……その周囲に発生する、いくつかの『兆候』を読み取ったからである。

『アロスガレア』の周辺では、やや風が穏やかになる。嵐の前の静けさ、って奴かも。
しかしそれに加えて、空の雲の流れが早く……さらに、『アロスガレア』から逃れるために、魔物たちが大移動したりする。そのため、近づくほどにそういう必死さ漂う魔物の群れに多く遭遇し、さらに近づくとほぼ魔物が見られなくなるのだ。

今回のような、魔物でも死ぬレベルのそれの場合は、特に顕著に表れる。

で、長々と説明になったけど……要は、その『アロスガレア』が、僕らが今いる場所と、王都『シィルセウス』のちょうど中間地点に発生しているらしい。
そのため、このまままっすぐ行くことはできない。

「今この地点での風向きや雲の動きなどから考えて、今後の『アロスガレア』による危険範囲は予想できます。大きく迂回して『アロスガレア』を回避しつつ、『シィルセウス』を目指すのが得策、というか、定石なのですが……」

「……ですが?」

何だろう、オリビアちゃん、やや歯切れが悪い。

「その、ですね……場所が悪くて……」

なんでも、普通は『アロスガレア』の回避には、『兆候』から危険範囲を推察しつつ大回りしする形で迂回……というのがオーソドックスなやり方で、おおよそ数十km横に移動すれば大体どうにかなるそうだけど……今回、僕らはそういう形での回避がかなり難しいらしい。

僕らは今、東に向けて進んでいるわけなんだけど……『アロスガレア』がその東から、やや北寄りにこっちに向けて進んできている。このまま進むと直撃する。

そうなると、僕らは北か南に避けることになる……が、この場所実は、北にも南にも、ちょっと厄介な地形があるのだ。

北には、オリビアちゃんに事前に聞かされていた『危険区域』の1つである『フリンジ森林』。極寒の地に適応した魔物たちが多く住んでいて、しかもかなり広いこの森を抜けていくのは……正直、エレファントベアでも厳しい。

対して南には、もうちょっと西の方にある、同じくオリビアちゃん情報の危険区域『ソルベント湿原』から流れてくる大河。流氷とかめっちゃ流れてて、水温は当然のように氷点下。湿原の水が混じっているせいか、液体なのにマイナス温度になっている。こちらも当然、エレファントベアでは進むことはできない。橋なんて気のきいたものはないことだし。

どっちを行くにしても過酷極まりない道程になるため、さてどうするか……という話。

「ていうか、聞いた感じだと……南、行けないんじゃないの? 川なんでしょ? で、あの削雪獣……だっけ? 泳げないんでしょ?」

「ええ……ですが、一応、渡れる程度には遠浅になっている部分があるので、そこまで行けば突破できないこともないです。ただ……かなり上流なんですけど……」

「要は、逆戻りしなくちゃならない、ってわけ。数日……長くて10日近く、旅程が余計にかかるね。それに、浅くても水はないわけじゃない。削雪獣が疲弊するから、休ませる必要もある」

と、ザリー。
次いで、ドナルド。

「んでもって、もう一方の北迂回の方は……『フリンジ森林』自体を迂回するとなれば、その倍以上の日数が確実にかかるね。あそこ、めっちゃ広いから」

「その森林を突っ切っていくのはダメなの?」

と、シェリーが聞くと、今度は答えたのは、メラ先生だった。

「結構樹木が密集気味で生えてて、このサイズの削雪獣と荷馬車じゃ進みづらいんですよ。それに、うまくルートを選んで進んでも……『アロスガレア』から逃げてきた魔物たちがごった返してて、群雄割拠みたいな感じになってますから、朝から晩まで戦いっぱなしになりますよ? 食糧事情もあって、エレファントベアにもお構いなしに襲い掛かってくる魔物も多いですし」

どっちもどっち、ってわけか……

どっちのルートをどう行くにしても、短くても数日は旅程が余計にかかる。

北ルートで『フリンジ森林』を突っ切ると、魔物が多くて危険。
突っ切らないで迂回すると、めっちゃ時間がかかる。
南ルートは、その2つの中間みたいな感じ……か。

さて、どうしたもんか……

「……今更ながら思ったんですけど、僕らが『シィルセウス』に向かうにあたって、時間制限とかあるんですか? 国王様に会うようなこと言ってましたけど……」

と、ドナルドに聞いてみた。

前に、ネスティアの国王様に会うことになった時は、『○○までに来てね』って感じで、呼び出しの手紙が来て(姉さんが直接持ってきたんだっけな)、その日時に謁見になったんだった。今回も、そういうのがあるなら……それに間に合うようにいかなきゃいけないだろう。

そう聞いたら……意外にも、『ない』とのことだった。

「もともと、非公式な訪問だし……この時期は、割かし王族の誰かは少なくとも時間を取りやすい時期だからね。ミナト君と交流をもって友好関係を築きつつ、それをアピールするのが目的の訪問だから……そこまで厳密な日取りとかはないんだ」

「ただ、もし予定が合うようなら、開催予定の社交界やその他イベント等にも参加願えればありがたい……とのことでした。17日後と26日後に該当するイベントがあります。最も、ミナト様に煩わしい思いをさせてはいけないとのことで、あくまで任意、とのことです」

「へー……ちなみにそれ、『任意という名の強制』っていうパターンだったりします?」

と、女執事のマリリンさんに聞いてみる。

一応名目上は『任意』にしといて、しかし実際には断れないとかあるよね? 王様の呼び出しとか頼み事とか、貴族がらみとか結構そういうの多いし。
まあ、知ったこっちゃないんだけど……。

「ご安心ください、本当に任意です」

「というか、ミナト君、権力嫌いって話も国の中枢に届いてますからね。ぶっちゃけ、来てくれる可能性の方が低いって、対して期待してないと思うから、心配しなくてもいいですよ」

と、メラ先生の補足も加わった。
それなら大丈夫そうだな……イベントは、うん、出ない方向で。

そして、期限に規定がないなら……まあ、あまり遅くなりすぎるのもアレだから、北迂回ルートは使わない方がいいだろうけど……無難なところで、南ルートかね。

……と、思っていた、そんな時……メラ先生が、ふと思い出したように言い出した。

「あ、でも……もしかしたら、もっと早くいく方法があるかもですよ?」

「え、ホントですか?」

と、ドナルドが聞き返すと、メラ先生はにっこりと笑って、

「はい。ただ……ちょっとイレギュラーというか、アレな方法ですけどね。でも……何日も旅程を伸ばすよりは、まあ……名より実を取る、的な意味では、アリなんじゃないかと」

そう言って、メラ先生は、なぜか僕の方を見た。

「ちょっと、彼に頼ることになるんですけどね」

……え? 僕?


☆☆☆


そして、翌日。

「なるほどね……こりゃ速いわ」

「それに、各段に安全だ……よく思いつきましたね、アスクレピオス博士」

「まあ、この国の地理と、彼の手札を知っていなければ思いつかない手だし……思いついても、普通はやろうとしないであろう手段だからね」

「そりゃまあ……この時期の、この国の川に、船を浮かべるなんて……考えないですよねえ」

そんな会話を、僕たちは……『オルトヘイム号』の甲板で交わしていた。
昨日の地点から、少し南に行ったところにある、川に浮かべた、船の上でだ。

何のことはない。メラ先生の案というのは……本来、浅いところを選んで『渡る』はずだった川を、水路として利用してしまう、というものだった。

ドナルドの言ってる通り、本来、この国でこの季節にそんなことをする……すなわち、船で川下りをするなんていうのは、案にもならない。ただの自殺行為だ。

水温は0度前後。『ソルベント湿原』付近を水源としているせいだろう、本来はありえない、0度以下の水温っていうのが普通に状態として存在している。
落ちたら、あっという間に死ぬ。相当早く助けて、適切な処置をしないと助からない。

加えて、普通に川には大小の流氷とか流れてるし、川面そのものが凍結してるところもある。そして、魔物も出る。
そんな川を行くなんて……軍艦でも危ない。

だが……僕らの船『オルトヘイム号』なら、余裕で可能だったりする。

軍艦を軽くしのぐ防御力に加え、低温の水域でも使える推進機構、さらには、あの時から随時改造・強化を続けており……砕氷船みたいな機能なんかもわんさか搭載している。
流氷の浮いた川を進むくらい、どうってことない。

ちなみに、今まで乗っていた荷馬車は、きちんとこの船の格納庫にしまっている。
『エレファントベア』については、魔物とかを生け捕りにしておくケージに入れてある。温度とか色々調節できるので快適なはずだし、餌も質のいいものを上げている。
そのうえで、ドナルドの部下さんたちに世話を頼んでいるので、問題ないだろう。

「おまけに、こんな……屋外の暖房機能までつけてるとは……さすがに驚きですね」

と、メラ先生は、感心したような呆れたような目で、自分の周囲を見回している。

その先生が見ている甲板の様子はというと……外は相変わらずの猛吹雪なのに、全く雪は積もっておらず……しかも、秋口くらいのように、ちょっと涼しい程度の気温になっている。

もちろん、僕の仕業だ。
僕っていうか、僕が作った、『虚数』魔法による空調システムの力だ。

甲板の部分を特殊なエネルギーフィールドで覆って周辺の空間から半隔離。これによって、雨や雪、強風を防ぐ。しかし、酸欠にならないように空気の流れは最低限残す。
同時に、その表面に魔力のマイクロ波を流して溶雪なんかを行い、水は弾く。

さらに、これまた『虚数』で空調を行う。今は、暖房だ。
エアコンとかストーブみたいに、どこか一点を起点にして温風なり熱気を発生させることで部屋を暖める……という形ではなく、空間そのものを指定して温度を調整する方法を取っているため、甲板上はムラなく一定の温度になっている。寒くない。

そんな甲板から、船首付近に視線を移すと……進行方向に、そこそこ大きな氷山が見える。

全高がこの船船底から甲板までと同じくらいあって……このままいくと、確実に激突するコースである。タイタニックばりに。
しかし、誰もあわてない。

そうこうしているうちに、『オルトヘイム号』は氷山に接触し……氷山の方が粉々に砕け散る。
船首部分についている衝角と、そこに搭載されている超振動式の破砕機構。
設計上、クラーケン(Sランク)すら仕留められるレベルの威力になってる一撃だ。氷山ごときに後れを取ろうはずもない。

「いやー……すごい光景だねえ、こりゃ」

粉々になって川に沈み、大きな波紋を生んで消えていく氷の塊を見ながら、ドナルドがそんなことを言う。

「コレ見たら、軍部の連中、こぞってミナト君を取り込もうとするだろうね……冬期間の船の安全な運航は、この国にとって永遠の課題のひとつだから」

「でもそれで不興を買ったら本末転倒ですから、ファルビューナは全力で止めるでしょう。安心していいですよ、ミナト君」

「? ファルビューナさん、って誰?」

「この国の国王ですよ。ファルビューナ・アスクレピオス……私の孫でもあります」

「うぇ!? マジですかメラ先生!? てか、王様と血縁だったんですか!? 孫!?」

「ええ……というか、ミナト様、ご存じなかったので?」

「相変わらず、興味ないことにはとことん無関心というか、知識として知ろうともしない……」

オリビアちゃんがちょっと驚いて、そしてエルクが呆れていた。
……うん、まあ、まさにその通りというか……興味なくて知らなかったです、はい。

アスクレピオス博士のことは、論文全部読んで持論から何から知ってるし、何なら今ここで、研究分野で何かしらの話題提起してくれたらがっつり徹夜で語れる自信あるんだけど……それ以外のことはほぼ何も調べなかったからな……。
マジか、王様の血縁だったんだ……知らんかった。

ちょっと失礼だったかな……とか思ってたけど、そしたらメラ先生笑って、

「別にいーですよぉ、そのくらい。私も実は、前に他国の国賓と面会する時、その部下の研究者さんの名前とか面白そうな研究テーマは憶えてたけど、国賓本人の名前覚えてなかったりとか、よくありましたもん」

「あ、そうなんですか、なんだ……じゃ、問題ないですね」

「「いや、ないわけないでしょ」」

エルクとドナルドの同時ツッコミが飛んできた。冗談、冗談。

「まあそれはともかく……この速さなら、明後日ぐらいには上陸ポイントにつけるでしょう。そこから再度陸路をいけば……『アロスガレア』も通過した後でしょうし、まっすぐ北に行って『シィルセウス』に着けるはずです。それまで……道中、ゆっくりさせていただきましょう」

と、オリビアちゃんがまとめた。
この船なら、中から全部――操縦から魔物の迎撃まで――できるからね。あったかい室内で、のんびり体を休ませながら旅できる。

ドナルドたちは、あくまで来客用の区切ってあるスペースのみの利用になるけど、それだって相当な広さがあるから問題ないだろう。

ここから……およそ2~3日。雪国の、船旅だ。
そうだな、釣りでもしながら、穏やかな旅をゆっくり楽しもうじゃないか。

「あんたが釣りすると、使ってる餌の異常性もあって、結構な確率で魔物が連れて、ゆっくりとか言いつつバトルを呼び込むような気がするんだけど……その辺はいいの?」

「いいのいいの。そのくらいは適度な運動だから」

全く体動かさないってものダメだしね。

聞いた話じゃ、この時期のフロギュリアでは、寒さで身が引き締まった上に脂ののった美味しい魚が取れるらしい。
季節と場所の危険度を考慮しても、その美味しさゆえに需要があるため、危険を顧みずに獲りに来る冒険者や漁師は多いそうだ。

……ぜひとも食べてみたい。よし、釣ろう。
今夜の夕食は魚料理だな。シェーンに声かけとかなきゃ……北国の魚はさばくの初めてかもしれないけど、彼女なら何とかしてくれると僕は信じている。
コレットもいるし、どうにかはなるだろ。

「……一応、この時期の川には魚以外に魔物も結構出るし、そもそもその魚自体肉食で獰猛なものも多いんだけどね?」

「無問題」

ドナルドの、ちょっと力ないツッコミは封殺しつつ……僕は帯の収納スペースから、こないだ作ったオリジナルの超合金製の釣り竿を取り出した。

『オリハルコン』に『ミスリル』、『ヒヒイロカネ』に『ダークマター』まで、希少な魔法金属をふんだんに使った上、色々なギミックや術式をこれでもかと組み込んで作った竿だ。

実はコレ……依頼されたドレーク兄さんの武器を作るために、試行錯誤用の試作品として作ったものの1つを、もったいないから再利用して釣り竿に仕立てたものだったりする。

ゆえに、強度は尋常じゃないレベル。仮に叩きつけて鈍器として使っても、AAAランクの魔物くらいなら十分に通用するだろう。

これを僕が使えば、シロナガスクジラだろうと一本釣りにできる。

さあ……待ってろ、晩飯。



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