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第15章 極圏の金字塔
第264話 姉弟子?登場
しおりを挟む開けて翌日。
僕らは宿を引き払って、町の中央にある辺境伯邸へ足を運んだ。
師匠を含む、スタッフ以外のメンバー全員で来てるので、けっこうな人数だ。ちなみに、アルバも一緒である。
すでに話は通してあったんだろう。僕らの……正確には、僕らと一緒にいるオリビアちゃんの顔を見た瞬間、門番の人たちがびしっと背筋を伸ばして出迎え姿勢になった。
さすが公爵令嬢、その顔は広く知られているらしい。
というか、外交特使任されてるんだから、『辺境伯』の家にもそら来た事あるだろうな。ましてや、ザリーの兄でもあるわけだし。
一応説明しとくと、『辺境伯』ってのは、文字通り『伯爵』に類する貴族位なわけだけど……その実、その1つ上の『候爵』に匹敵する権力・影響力を持っているそうだ。
何でかっていうと、辺境伯はその名のとおり、『辺境』……すなわち、他国との国境に領地を構える立場にあるからだ。そして、有事の際は敵国の軍やら何やらを迎えうる役目を担う。
だから、その重要度は『伯』の枠内に収まらない存在である……というわけ。
で、その立場を任されるということは……それすなわち、その人物に対する評価の高さと、今後の期待の大きさを表している。
そして僕らは今、その辺境伯に会うため、豪華な内装に彩られた邸内を歩いている。
先導してくれているのは、門番の1人に呼ばれる形で出迎えに来てくれた、女執事さんである。短めの髪のクールビューティーで、口数は少ないが、洗練された動きがプロを思わせる。
それと……執事というか、貴族に使える侍従という意味での腕も無論プロなんだろうけど……見た感じ、足運びや体裁きからして、戦闘訓練も積んでるっぽいな。
護衛もできる執事、か。貴族社会ではよくいるもんなんだろうか? 僕は初めて見たけど。
そんなことを考えながら歩いているうちに、どうやら目的地に着いたらしい。
長い廊下の突き当り、大きな扉の前に僕らは来ていた。
すると、
「……んっ?」
視界の端で……ふいに師匠が眉をひそめたような表情になったのが見えた。
何だろう? 何か、訝し気な……嫌なものを見つけたような感じに見える……?
具体的には、新たな発明のアイデアが浮かんだ瞬間の僕……を見るエルクのような感じに。
師匠はどちらかというと、こういう視線を向けられる側のはずなんだけど……どしたんだろ?
「おい弟子、お前今何か失礼なこと考えなかったか?」
「気のせいです多分。てか、どうかしました、師匠?」
「ああ……いや、この匂い、というか気配は……まさか……」
師匠が言い終わる前に、先導してくれていた女執事さんが一歩前に出て、扉の前に立つ。
「皆さま、しばしお待ちくださいませ」
そう言って、こんこん、と扉をノックした……その瞬間、
「ドナルド様、おきゃ――」
「おっっ師匠さまぁ―――!!!」
―――ばたぁん!!
「「「!?」」」
轟音と共に、勢いよく扉が開かれ……中から、何かが飛び出してきた。
ぎょっとする僕らの眼前で、その何か――というか、『誰か』は急カーブして跳躍し……
その先にいた師匠にがしっとその顔面をわしづかみでキャッチされていた。
さすが師匠、とっさのことにも見事な反応……じゃなくて!
な、何だいきなり!? 何この人!?
「はううぅ~、やっぱりお師匠様だぁ~! お久しぶりですぅ~!」
「やっぱてめェか、メラ!! 何でお前こんなとこにいやが……っつーかそう呼ぶなって何百回言わせんだこのガキ!!」
そしてそのまま、わしづかみの手をアイアンクローに移行する師匠。
されてる方は、口から『あ゛あ゛あ゛あ゛~……』って苦悶の声が漏れだしてるけど……なぜか、その表情は苦しそうではなく、嬉しそうだった。
で、その際に全体をよく見ることができたんだけども……突撃してきたのは、女性だった。
小柄な体格に、青い縁取りのメガネをかけている。髪色はコバルトブルーで、法衣を思わせる意匠の、ゆったりを通り越して、ぶかぶかな服に身を包んでいる。
なんか、子供が大人用の服着てるような感じだ。明らかにサイズあってない。
で、その頭から……ウサギの耳が生えている。長いのが、ぴょこんと。
ウサギ系の獣人か? だとしたら、今の突進のすさまじい勢いも多少は納得できるかも。脚力、とんでもなく強いらしいし。
その光景に唖然としていると……突如、ネリドラとオリビアちゃん、2人の様子が変わる。
2人とも、『ん!?』と何かに気づいたように、飛びかかってきた女の人の顔(師匠のアイアンクローで半分以上隠れてるけど)をよく見て……
「えっ!? ちょ……え!? まさか……」
「なっ……あ、アスクレピオス様!?」
そして、とんでもなく驚いたような表情になって……え? 今、何て言った?
今なんだか、オリビアちゃんの口から飛び出た固有名詞……僕、聞き覚えあるんだけど……?
『アスクレピオス』って、もしかして……!
「あーもー、落ち着けって言っといたのになー……。どーも、ごめんね皆さん、お騒がせしちゃって」
と、今度は……今しがた、女性が飛び出してきた扉の内側から、また別な声。
目をやると、そこには……1人の男が立っていた。
20歳かそこらくらいであろう、若い男だ。黒ぶちの眼鏡に、明るい茶髪。
来ている服は、かなり上等な、しかし無駄に派手な装飾なんかはない感じの作りになっている。けどその分、腕や首元につけられている金のアクセサリーが目立つ。
こちらを見ながら、『やれやれ』って感じの笑みを浮かべているその顔は……どことなく、ザリーに似ているようなつくりをしていた。
……となれば、この人が誰か、簡単に予想がつくというものだ。
というか、この部屋から出て来たっていう点で、ほぼ確定していると言ってもいい。……さっきのウサギ娘はおいといて。
「……えっと、ごきげんよう、ドナルド」
「おぅ、ごきげんYO、オリビアちゃん。そして久しぶり、ザリー。オリビアちゃんから聞いてはいたけど……何年見ないうちに、だいぶ凛々しくたくましくなったんじゃなーい?」
「そういうあんたは全然変わんないね……兄貴」
☆☆☆
ドナルド・トリスタン。
トリスタン候爵家の次男にして、ザリーの兄。ギルバートの弟。
そして、現女王自らその能力を認め、重要視するほどの、政務方面における傑物。
今回『ローザンパーク』でのスキャンダルで、実家である候爵家が没落寸前のダメージを受けたにもかかわらず、彼は書面で注意が来るくらいでほぼノーダメージ。どころか、子爵から辺境伯に取り立てられて逆に出世したそうだ。どんだけ重要視されてるか、露骨なほどにわかる。
……というか、オリビアちゃん情報だと、いい機会だから、歴史だけはあるけど能力としては凡庸の域を出ない現当主とその取り巻きを排して、若手だが確かに能力がある彼を取り立てて後釜に座らせよう、という中央府の思惑があるらしく、むしろ好都合がってるとか。
……たくましいな、フロギュリア連邦。
で、その辺境伯閣下は、部屋の応接スペースに僕らを通してくれて、さっきまで先導してくれていた女執事さんが、紅茶とお茶菓子を出してくれている。
しっかりと僕ら全員分用意されていたソファに座って、簡単に自己紹介したところで、
「まず、話に入る前に……君たちには、お詫びとお礼をしておかないとね」
と、ドナルドさんが切り出した。
「『ローザンパーク』では、うちのバカ兄が本ッ当に迷惑をかけた。オリビアちゃんにはすでにわびたけど、この場を借りて改めて、君たち全員に詫びさせてもらうよ……申し訳なかった。そして……アレを止めてくれてありがとう。ホントに助かったよ」
そう言って、座ったままではあるけど、きちっと頭を下げる。
後ろに控えている、女執事さんも一緒に。
「あの一件については、今回の滞在中に改めて、謝罪と感謝の意味を込めて、色々とさせてもらうつもりだし、王都についてからは女王陛下からも多分何かあると思う。だけどまずは、ここで……フロギュリアの辺境伯としてだけでなく、個人として言っておきたくてね」
立場以前に、オリビアちゃんとは昔からの付き合いだからね、と、ドナルドさん。
「いえ、自分たちのやりたいようにやっただけですから。謝罪と感謝、謹んでお受けします」
「そうか……ありがとう」
そう言って顔を上げたドナルドさんは、心なしか、少し気が楽になったような表情をしていた。
それからしばし、社交辞令込みの雑談みたいな話をかわす。
その際、『ドナルドでいいよ、堅苦しいのとか好きじゃないし』とのことだったので、お言葉に甘えてそう呼ばせてもらうことにした。
まあ、さすがに公式な場とかではまた別というか、改めるけども。
加えて今回、彼……ドナルドには、オリビアちゃんと同じく、このフロギュリアにおいて僕らが色々動く上での案内人みたいな役目をやってもらう予定でいる。
なので、その打ち合わせもかねて、色々と気になる点を前もって話したりした。
これからの予定はもちろん、この国で注意しなきゃいけないこととか、観光における目玉とか……まあ、大体は先にオリビアちゃんから聞いてた部分も多かったから、本当に簡単にで済んだけど。
スケジュールに関しては、秘書ポジションのナナがばっちり管理してくれてるし。
と、そんな感じで、大体主要な話が終わったタイミングで……ふと、気になったことを聞いてみた。
「ところで、その……さっきの、あのウサ耳の人なんですけど……」
「あー……ごめんねいきなりで、びっくりしたっしょ?」
「ああ、はい、まあ……でもそれより、確認したいんですが……もしかしてあの人……あの『アスクレピオス博士』ですか?」
「あら? ご存じだった……って、ああ、そうか。ミナト君、研究分野も専門だっけね」
納得したような表情になりつつ、ドナルドは『そうだよ』と肯定で返事を返してきた。
まさかとは思ったけど……やっぱりか。あの人が……。
会ったことがあるわけじゃない。でも、その名は、僕はよく知っている。
師匠のところで読んだ論文や、ダンテ兄さんやウィル兄さんに借りて読んだ専門書。それらのうちのいくつもに、名前が挙がっている……あるいは、それそのものの著者である人だからだ。
この世界における医学技術の最先端を切り開き、いくつもの革新的な治療法や薬剤調合を編み出した、世界最高峰の医者。
その名……メラディール・アスクレピオス。
フロギュリアにいて、しかしとうの昔に引退して隠居している、って聞いてたけど……。
まさか……長命種の亜人で、あんな風な見た目せいぜい20代にしか見えない女性だとは……。
そしてまさか、うちの師匠の弟子だったとは……。
「ちげーっつってんだろうが、あいつが勝手にそう言ってるだけだ!」
と、僕の横でソファに座っている師匠が、露骨に嫌そうな表情になってぴしゃりと否定。
なお、そのアスクレピオス博士本人は、さっき師匠がアイアンクローの末に気絶させた後、部屋の外に文字通り放り出した。ぶん投げて。
その色々と音がしてたから、侍従の人たちに介抱されて運ばれてったと思う。
「前にフロギュリアに来た時に――っつっても、現役時代だからもう150年以上も前の話だし、その頃は確か国名も違ったんだけどな。大雪で足止め食ってる時に、クエストで知り合った貴族のガキに、医者志望だってんで暇つぶしに色々教えてやったら……アレだ。なつかれた」
「ですが、それがきっかけで若かりし日のアスクレピオス女史は才能を開花させ、学会にその名を知らぬ者なしとまで言われる名医にして研究者になったと思うと……何といいますか、ある種運命のようなものをかんじますわね」
と、オリビアちゃん。
対して師匠は、当時のことを思い出してるのか、またうんざりするような表情になって、
「おかげでそれから数日間、ずっと『師匠』呼ばわりしてひっついてきて……しかも、何でか俺が他の用でフロギュリアに来るたびに、どこからか聞きつけてすっ飛んできやがるんだよ」
「この国の高名な医者のほとんどは、彼女の弟子みたいなもんですからねー。ネットワークみたいなのが、相当綿密かつ強力に広がってるみたいですよ? 多分、当時からなんでしょうね」
「暗黒山脈に引きこもってからは、もう1世紀近く会ってなかったから忘れてたぜ……しかも、見た目も含めて全然変わってねーときた」
「ていうか、あの人『自称』弟子なんですね、師匠の」
「そーだよ。あんな面倒な弟子、持ってたまるかってんだ」
「(バンッ!!)面倒だなんてそんな! 私は心の底から師匠を尊敬してるだけですっ!」
「うるせぇっつってんだろ! つかテメェもう起きたのかよ、復活早えぇな!?」
とか話してたら、また勢いよく扉をあけ放って件の人物が飛び込んできた。
ウサギ耳の超凄腕医者少女(見た目)、アスクレピオス博士が。
「そりゃもう! この一世紀ばっちり鍛えてましたから! 師匠の愛の鞭にもきっちり耐えられるようにっ!」
「ちっ、いらん成長遂げやがって……」
「それはそうと師匠、そちらの黒い彼が、私の弟弟子ですか?」
「勝手にテメェをカウントすんな、俺の弟子は後にも先にもコレ1人だ、他はとった覚えはねえ」
くいっ、と僕を指さしながらそう言う師匠。
あ、今のセリフなんとなくうれしかった。師匠に唯一認められてる、みたいな感じで。
しかし、そんなセリフにも特に気にした様子を見せないアスクレピオス博士は、とてとてと歩いて僕のところまで来ると、真正面から顔を覗き込むようにして、
「ミナト・キャドリーユ君ですね、初めまして。私、この国で医者兼研究者をしています、メラディール・アスクレピオスといいます。どうぞ宜しくお願いしますね」
そう言って、手を出してきたので、握り返して握手。
そうすると、満足そうに……というか、嬉しそうに笑う。
「あなたの論文、読ませてもらっていますよ。どれも素晴らしいと思います。医学、薬学共に、これまでにない角度からの斬新なアプローチや新理論が満載で、とても興味深かったです。よければこの国での滞在中、色々とお話しさせてください!」
「あ、ど、どうもそれは……恐縮です。自分も、えーと……アスクレピオス博士の論文、手に入る限りでは全部読みました。勉強させていただいてます」
「あら、それはありがとう。ふふっ、私たち、なんだか仲良くなれそうですね……ねえ、師匠?」
「知るか。つか、師匠言うな」
なんかもうすでに疲れた様子の師匠。珍しいな、あの人があんな感じになるの。
いつもなら、付きまとってくる権力者その他なんて、よく言えば強気で、悪く言えば雑に突っぱねて追い返して、何かいって来たら実力行使も辞さない感じで、さっさと終わらせる師匠が……物騒な手段が所々にあれど、こうしてきちんと対話してるのって、よく考えれば珍しい。
なんだかんだ言って、この人のことが気に入ってる部分もあるのかも。
これは……まあ、言ったら師匠が起こるからアレだけど、事実上……半分くらいは、この人はホントに僕の姉弟子なのかもしれないな。
まあ、僕の場合は医学・薬学以外にも、戦闘とか技巧分野でも師匠が師匠だけど。
結局その後は、アスクレピオス博士も加わって話し合いが再開した。
というのも……なんと今回の滞在、彼女も僕らと一緒に来るらしいので。
それ聞いた瞬間、師匠がすさまじく嫌そうな顔して、帰ろうかどうか真剣に検討してた。
直後に『そんな寂しいこと言わないでくださいよー!』って飛びついてきた博士を、師匠は背負い投げの要領で壁に投げ飛ばして轟音と共に激突、めり込ませ……しかしその一瞬後に博士は復活していた。気絶することすらなく。
……マジで頑丈だな、この人。僕が言うのもなんだけど、研究者とは思えないタフネスだ。
そしてどうやら、博士ってもともとは王都で合流する予定だったんだけど、師匠が来ると知っていてもたってもいられずにここまで出向いてきて、昨日からここに滞在してたんだと。
ほっといたら宿まで調べて押しかけそうだったけど、『さすがにそれ迷惑でしょ』ってドナルドさんが止めてくれてたそうだ。ナイス。
「それにお師匠様、自分で言うのも何ですけど、私けっこう役に立ちますよ? オリビアさんやドナルド君と同じように、お師匠様達がこの国を観光その他で回るに際しては、これ以上ないくらいの通行手形になれますから。お師匠様のことですから、色んなとこ行くつもりでしょ?」
とのこと。これについては……確かに、魅力的と言える。
さっきも言ったけど、この人は世界最高峰の医者の1人であり、この国では名実ともにすべての医学・薬学関係者の頂点に立つ存在である。
正確なところを言えば、すでに隠居して公職を退いている身ではあるものの、ひとたびその気になれば影響力は計り知れず、国王すらないがしろにはできない存在だと言われている。
何せ、この国の主だった医者・薬師・研究者のうち、そのトップクラスに位置する者達のほとんどが彼女の弟子、あるいは孫弟子なのだから。
そしてその中には、単なる仕事の上司よりも、尊敬する師であるアスクレピオス博士を優先して動くものも少なくないそうだ。というか、上司が存在しない立場の人も多いし。
そんな彼女が同伴していれば、この国のほとんどの施設は顔パスで利用できるし、権力者サイドからのいらんちょっかいが飛んでくることもほぼない。
流通が厳しく制限されている危険な薬品なんかも普通に買えるし、素材目的で危険区域に行きたければ、立ち入り禁止区域でも簡単に許可が出る。
「私の権力は、お師匠様の権力です。お好きに使ってください。それに……」
言いかけて、ちらっと僕の方を見る。
「前途有望な弟弟子と、色々と話したいことがあるのは本当です。それにもともと、お師匠様が来ていなかったとしても、私は彼らの案内役に立候補するつもりでした」
「え、それは……どうして?」
「弟弟子を可愛がってあげたい……っていうのもありますが、純粋に能力のある研究者として、あなたに興味があるからですよ、ミナト君。君との交流の中で、私はまた1つ医者として成長できる気がするんです。こう見えて私、もう200年以上生きていますが……向上心と知的好奇心的には、まだまだ現役ですよ!」
そう言って、にかっと笑う。
それを見て、師匠は『はぁ……』と深くため息をついたけど、その後諦めたように、
「ちっ、わーったよ……勝手にしろ。ただし、こっちに迷惑は持ってくんじゃねーぞ?」
「合点承知です! むしろお師匠様が興味をもってくれて、この国に来てよかったー! って思ってもらえるような、色んな興味深い研究材料持ってきますから、こうご期待です!」
「期待しないで待っといてやる。……おい、弟子」
「「はい?」」
「てめーは違う、ウサギ。黒い方だ」
はい、黒い方の弟子でございます。
「師匠命令だ、お前、道中きちっとこいつの面倒見とけ。あくまで今回のこの旅は、メインの客はお前で俺はおまけだからな。お前が矢面に立ってるうちは、こいつもおおっぴらに俺ばっかりにかまってくるこたねーだろ」
えー……そんな、人を誘蛾灯か何かみたいに。
まあ、別にいいけどそれは。
僕自身、ぶっちゃけて言わせてもらえば、姉弟子とか師匠命令云々を抜きにしても、彼女……アスクレピオス博士とは色々と語ってみたいし。
冗談抜きで、医学・薬学分野において、僕が尊敬している人の1人なのだし。
と、それを横から見ていたドナルドが、ぱんぱん、と手を叩いて意識を自分に集める。
「それじゃあ皆様方、仲間内でのお話もまとまったようだし……あと最後に、簡単に今後の予定の確認、いいかな?」
それに僕らがうなずくと、ドナルドは後ろに控えていた執事兼秘書兼護衛の女性――マリリンさんに目配せ。それを受けて、マリリンさんは懐から手帳を出してぱらぱらとめくり、
「では、私から……『邪香猫』の皆様に置かれましては、本日一晩、この屋敷にて滞在いただき、明日の午前中に、天候を見てこの町を出、王都『シィルセウス』を目指して出立いたします。移動は大型削雪獣による荷馬車。おおよそ1~2週間の旅程を見ております」
「聞いた話じゃ、ミナト君たちは飛行戦艦持ってるらしいけど……悪いけど、よっぽどのことがない限りは、この国では封印してもらう。のんびり陸路で行くことになるけど、許してね」
「それは構いませんけど……ちなみに、何で?」
「理由は大きく2つ。1つは、この季節のフロギュリアは、風がべらぼうに強い。それも、高いところに行けば行くほど、冷たくて強烈な風が吹いてるからね……加えて、吹雪で簡単に視界が利かなくなるから、龍籠とか、空飛んで移動する手段は、危なくて軒並み使えない」
なるほど。まあ、『オルトヘイム号』なら多少の強風は無視して進めるし、視界が利かなくなっても各種レーダー系設備でどうにかできなくもないが……。
そして、もう1つの方の理由はというと、
「この国には……この時期、渡り鳥ならぬ『渡り龍』があちこちに出没するんだよ……季節によって住処を変える、流浪の龍種がね。そいつらに遭遇でもしようもんなら、ほぼ間違いなく襲ってくる。連中、長旅で疲れてる上に腹も減らしてるからね」
「また、外敵や障害物を避ける目的でコースをあちこちに変更して飛ぶ龍の存在を察知し、地上に住む弱い魔物が恐慌状態になって暴走し、近くにある村になだれ込んで大暴れした……などの前例もございますので、極力この時期の空はノータッチでいることが望ましいのです」
「……なるほど」
大変よくわかりました。
そら確かに、いくら心配ないからって空飛ぶわけにもいかないか。
とりあえずじゃあ、今日は一晩ここに泊まって……明日から出発と。
目指す先の王都『シィルセウス』も、その道中も……うん、楽しみだな。これまでにない経験が、色々とできそうだ。
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