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Deceive it.

Deceive it.5

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しかし、そんなある日──
その日、輝李は8!エイトアンダー]の任に付き学院を欠席していた。

帰り際、以前と同じように一人で寮に向かっているときだった。
ふと踏み切りの音に目の前を見ると、バーが下がって行くのが見えた。
乙はそれを見ると一気に全身の血の気が引いた。

何故なら、バーの向こう側に女生徒が歩いているではないか!!
虚ろに歩くそれは紛れもなく瀾だったからだ!!
電車は警笛を鳴らしながら瀾に向かって来ている。

「瀾ッ!!!」

乙の声に瀾が反応を見せ振り向いたときだ。
乙は鞄を投げ捨て瀾を抱え、押し倒すように重なった。
電車が二人の姿を飲み込んで行く。



号風の音を立てて、その存在を主張するように線路を走る足音は、周りの音すらかき消してしまうほどに辺りを自身の音に染めていく。

激しい振動…

一瞬宙を舞ったソレが引き裂かれて2つに別れると、その片割れは跡形もなく生々しく響き渡る悲鳴さえ黙らせるほど激しい爪痕を残していく。


明らかに何かを跳ねた音が微かに乙の耳を掠めた。
乙は、その瞳をギュッと閉じ、少女の肩を強く抱き締めたまま、その音が過ぎるのを待っている。

何と長い時間に感じるだろうか。
先程の音が耳の中で反響し続ける。
腕の中にいる瀾の身がもし…。

異常な寒気がするほどに心臓は握りつぶされ、しかし、その鼓動は鉄の怪物の足音よりも早く脈打ち、呼吸さえ止まってしまいそうだった。

「ッ…ハァハァ…ハァハァ…」

呼吸の荒さと共に乙の身体は、ガタガタと震え、更に抱き締める腕に力が入っていく。

目を開けることに心のそこから恐怖を覚えているのが自身で解る。
やがて電車が通りすぎると、何の反応すらなく静かに乙の胸の中で佇むソレを確認するために、ゆっくりと目を開ける。

「…ッ!!!」


不安に駆られ内心恐る恐る目線を落とすと、そこには伏せ目がちに少女がきちんといた。
線路沿いには乙に押された衝撃で主の手から離れてしまった携帯が転がっていた。

真っ二つに体のはぐれた携帯の片方は傷だらけに半身のまま力尽き、もう片方は見る影もなく粉々になっている。

…間一髪だった。

乙は、心の底から安堵の溜め息をつくと抱き締めていた腕で瀾の両肩をつかみ声を荒げた。

「お前!!何やってるんだ!!
あと少しでも遅かったら、あの携帯のようになっていたんだぞ!!
警笛が聞こえなかったのか!!
それとも自殺でもしようと思ってたのか!!」
「…ッ…」

そこまで言うと乙は力なく瀾の方に頭をもたげ、小さくため息混じりに呟いた。

「…俺に復讐したいなら…直接来いよ…
命を絶つ事なんか選ぶな…
お前が死んでも俺は困らない…」

そう言うのが精一杯だった。
不意に鈴音の事が頭を過った。


『もう…あんな想いをするのは真っ平だ…
瀾を喪うくらいなら!!
瀾が笑えるなら俺は、その罪を背負うくらい甘んじて受けてやる…』


「…ごめんなさい…」
「……ッ」


乙の剣幕に瀾は、俯き小さく言葉をつくと乙は我に返り、言葉を詰まらせた。
顔は見えなくとも瀾から小さな雫が落ちるのが見えた。

乙の胸には絞まるような痛みが走った。
小さく溜め息をつくとポツリと言葉をついた。


「野中、この間…お前は俺に自分の目の前に現れるなと言った…
でも今日ばかりは断られても送っていく!」
「……」

瀾は、俯いたまま断るわけでもなく何も言わなかった。

歩き始めた二人の並んだ距離は、微かに空いて会話はなかった。

『こうして街を歩くのは初めてだったな…
瀾…俺は、こんな形でも傍に居たいと思ってしまう…』


そんなとき瀾が小さく口を開いた。

「先輩…」
「…なんだ?」
「…ッ…ぃぇ…」

それきり瀾は口を開くことはなかった。
瀾の住んでいるであろうマンションは、月影家が所有しているものだった。

「ここに住んでいたのか…」
「…はい」

微かの沈黙が二人を包んでいく。

「送ってくださってありがとうございました…」
「…野中」

気まずい沈黙…。
今、抱きしめる事が出来たら…
名乗ることが出来たら、どんなに良いことだろう。

しかし、それは許されないことだった。
乙は、あの別荘で瀾を救うことが出来なかった。
それを救ったのは、皮肉にも仕掛けた輝李だった。

あの時、瀾には微かにも意識が残っていた。
乙は、それを気が付くことが出来なかった。
意識があったことすら今の乙には知る由もない。

ただ、罪の意識だけが乙を蝕んでいた。
そして…遅すぎる恋心。

瀾は一礼をしてマンションに入ろうとした時だった。
ふわりと吹いた風に乗り何かが舞い降りた。

不思議そうに乙が、それを拾い瞳に入れると一瞬、目を見開き心臓が握り潰されそうになった。

「ッ!!!!」

それは…あの叔父のパーティーのデートで二人が結ばれた日、別荘で撮った写真だった!!

瀾は知ってしまったのだ。
乙が、メイド時代の瀾と共に親密に過ごしていたことを…。
胸には、堪らなく熱いものが込み上げてくるのが解る。

「…ッ…瀾───ッ!!!!」

乙が、思わず叫ぶと入り口に入りかけた瀾が振り向いた。
その顔は胸が詰まる程に辛く、哀しそうな顔をしていたのだった。  
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