【R18】アールグレイの昼下がり ー双子の姉・乙編ー

Silence

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アザレア

アザレア4

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朝日が上る頃、乙は部屋を出た。
向かった先は医務室…

早朝ゆえ、由佳は居ないかもしれないと思っていたがノックをすると返事があった。

「乙様!こんな朝早くにどうかされましたか?」
「…薬が欲しい」

乙は昨日から続く痛みに集中力が欠け、些細な事で苛立ちさえ覚えることを伝えると由佳は医療班が処方してた鎮痛剤と化膿止め等、今の乙に必要な薬を手渡した。

薬を受け取り医務室から出ようとする乙に由佳はとっさに声をかけた。


「乙様!あの…」


しかし、由佳はそれ以上の言葉を濁して辛そうな顔を見せる。
乙は、小さな溜め息をつき口を開いた。

「…輝李なら俺の部屋にいる」
「…そうですか」
「…由佳…あれから瀾は…」
「大丈夫です。私がついていますから…」

乙が言いくそうに聞くと由佳は気を使い答えた。
本当は、大丈夫などではない。
深く傷付いた瀾は、頼れる輝李さえ失ったのだから。

「…瀾のこと…」
「心得ております。
お任せください。
乙様、今は傷を治すことだけに専念して下さい」
「ああ…」


乙は、それ以上聞くこともなく医務室を後にした。
しかし、乙の胸には瀾の声が今でも響いていた。


≪「私…約束を…
私の名前を呼んで…
瀾って呼んで…乙様」≫


「ッ…瀾…」 


乙が静かに部屋に戻ると、輝李はまだベッドの中に居た。
その寝顔の瞳には、微かに光るものがあった。
乙の胸にチクリと痛みが走る。

昨日、輝李が自分の顔色を伺い、逆らわないことを知っていながら苛立ちをぶつけてしまった事が駆け巡る。

乙は目を伏せると洗面台に向かい、畳まれて置いてあるフェイスタオルの上に医務室に飾ってあったラベンダーを一房そっと置いた。


ラベンダーの花言葉…
≪許し合う心≫


それは言葉が足りず不器用な乙が、唯一自分の気持ちを伝えられる方法だった。


そしてベッドルームに戻ると輝李が目を覚ます前にベッドに潜り、何もなかったかのように目を閉じた。



幼少の頃、躾の厳しかった父の仕置きを心配した輝李は、毎日乙の部屋にやって来て隣で眠り、常に乙の温もりに敏感だった。

乙が、初めて処女を失ったあの日も輝李は部屋を出ていた乙を部屋中を探し回っていた。
戻ってきた乙とドアでぶつかりそうになった時、輝李は凄い剣幕で心配していた。

とっさにトイレに行ったと濁したがあの日、乙は人体実験と強姦という形でその初めてを失った。

(『アールグレイの月夜』参照)


あれは弟の聖慈が生まれる前…
まだ母が生きていた時だった。

男児として育てられた乙には、それさえも父の教育の一つだった。
女の抱き方という…

相手は父の秘書で愛人でもあった北条ほうじょうという女性だった。

無理やり開発中の媚薬を押し込まれ、冷静な乙が自我さえ失いかけながら必死に許しさえ乞い、泣き叫んでもその声すら誰の耳にも届かない。
無表情に観察する研究員達とそれを見て嘲笑う北条…。

そして、自分が女である事の絶対的な知らしめと初めてゆえの下腹部の激痛…。


…屈辱だった。
何も出来なかった自分と公開で行われた強姦…。
涙さえ枯れ、誰にも口にする事すら許されない羞恥。

だからこそ母が亡くなった時、病院にすら来なかった父を乙は、心から憎んだ。
そんな中で、輝李は常に乙の側で心配し、笑ってくれていた。

中学になる頃、輝李はあれからずっと続いていた北条との関係を何処で知ったのか、乙をソレから解放したのだ。

乙が好きだった自分の長い髪と天真爛漫ながらも可憐な女らしさを代償にして。
今思えば、あの髪を切った時に何かあったとしか考えられないのだ。


不意に、従姉妹のフォレストが日本に帰国すると言う乙の襟元を掴み、投げつけた言葉が響いた。

≪「自分が輝李を守るだなんて大層な事を言ったわりには、守られてるのはお前じゃないか!!
お前のせいで輝李はなぁ!!!」≫

(『アールグレイの月夜』参照)


『守られてるのは俺…?
そうかもな…
輝李は肝心な時、どんな時も必ず俺の側にいた。
それは今も変わらない』


乙の胸は、きつく絞められる。
そんな時、輝李が目を覚ました。
輝李は体を起こすと乙の寝顔を見つめ、遠慮がちに唇に自分を重ねた。
そして、また哀しそうに洗面台へと歩いて行った。
輝李が出ていくと乙の瞳が、その気配を追っていた事を知らないまま…。


洗面台に向かい、乙が様子を伺うと輝李はラベンダーを大切そうにその胸に納めていた。
タイミングを見て乙が洗面所に入ってくると輝李は、思わずラベンダーを後ろ手に隠す。

昨日と変わらず気まずいまま乙が顔を洗い、タオルで水分を拭き取ると輝李は遠慮がちに口を開いた。

「そ、それ…さっき僕が使ったタオルだけど…」
「…知ってる、ラベンダーの香りがしたから」

輝李が俯くとその頭に乙の手が乗り、声が聞こえた。

「飯…食べるぞ」

恐る恐るチラリと見ると、乙は輝李を見つめ不器用なりにも優しい声を奏でていた。 

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