87 / 97
2章
87.木陰の風
しおりを挟む
エルディール王国において花祭りは特別な祭りだ。
魔女との死闘を勝利した初代国王が、聖女の墓に白い花を手向けたことに由来する。墓前で国を立て直すと誓ったとも言われているため、元々は建国祭と呼ばれていた。
前述の逸話から派生して家族や友人、恋人に花を送り合い感謝や愛を伝える日と現在ではなっている。
国にとっても国民にとっても特別な日なのだ。
その特別な日のために、騎士が準備に駆り出されるのは毎年のこと。
街路樹には造花で装飾がなされ、花祭りに備えて育てられた色とりどりの花がそこかしこの軒先に飾られている。
花のアーチなどの大掛かりなものもあるが、王族が控える壇上などの重要性や機密性の高い場所は騎士や文官たちが担っていた。
そんな中、アルティーティはカミルやヴィクターと共に大通りの整備のため第三区画に来ていた。
各区を結ぶ重要な道であり、祭り当日は王族の乗る馬車が通る予定になっている。重要中の超重要な場所だ。ジークフリートや他の隊員たちも別の区画の大通りを担当している。
第三区画は第四区画よりも前にできた貴族街だ。真新しい店や貴族の邸宅が並び華やかな第四よりも比較的落ち着いた雰囲気がある。通行人より馬車が多いからだろうか。第四区画にあった井戸端会議をする婦人方や駆け回る子供らなどの姿は見えない。
街灯に国旗をつるしながら、アルティーティは少し懐かしい思いに浸りつつ鼻歌を歌っていた。
ストリウム家の邸宅は第三区画にあった。
といっても、大通りからかなり遠い。先々代が男爵に引き上げられた当時、貴族としては新参のストリウム家がやっと買えたタウンハウスがそこだったという。
遠いはずのここが懐かしいのは、塔からいつも眺めていたからに他ない。
周辺に高い建物がなかったせいか、遠くからでもよく見えた。あの時見た賑わいや、白っぽい石造りの道が目を引く。
特に、花祭りの日は継母も異母妹もパーティーに行くためいつも留守だった。当然アルティーティは留守番で、塔の上から街の賑わいを眺めてため息を漏らしていた覚えがある。
とても苦い思い出ではあるが、憧れがあったのは確かだ。それを今感じられる喜び。それ以上に、花祭りが単純に楽しみだったりもする。
覚えている限りでは、祭りには初めて参加する。旅をしていた時も花祭りをしている主要都市に立ち寄ったことはない。噂で聞く程度だった。
当日は警備があるが、それでも楽しくならないわけがない。
魔力操作訓練はダメダメで、昨夜の夢見も良くなかったが、こうやって徐々に鮮やかになっていく街並みを眺めるとそんなことも忘れてしまう。
(あーどんなお祭りなんだろう。出店もたくさん出るみたいだし、イベントもたくさん……休憩時間に回れたらいいなぁ)
「ご機嫌だねぇ」
ピィ、と高く口笛を吹くと、梯子の下からカミルに声をかけられた。どこかの店で買ってきたのか、手には木のコップいっぱいに注がれたジュースがある。
カミルは梯子を押さえるヴィクターにそれを差し出すと、アルティーティに向けても「ちょっと休憩しよ」とウインクしてきた。
「花祭りが楽しみでして」
梯子を降りてコップを受け取る。なんともいえない果物のいい匂いだ。何種類か混ざっているのだろうか。赤みの強いオレンジ色のとろりとしたジュースだ。
街路樹の根本に腰掛け、ちびちびと口をつけているとヴィクターが茶化すように聞いてきた。
「告白でもする予定があんのか?」
「告白? いやそういうのはないけど、なんで?」
「なんでってそりゃオメェ、花祭りっつったらそういうもんだろ。知らねーのか、平民なのに」
「え、ええと……」
「アルトは片田舎の小さな村出身らしいから、その辺の慣習はないんじゃないかな」
「そ、そうそうっ! そうなんだよ! ぼ、ボクの村じゃ花を飾るくらいしかしてなくてさ」
「ふーん……オレんちの方でもあったがなぁ。ド田舎の村ってそんなもんなんか」
「そ、そういうもんだよ。お、王都はイベントもたくさんあるんだろ? いやー楽しみだなぁ」
乾いた笑いを浮かべつつカミルに視線を送りつつ小さく会釈すると、親指を立てて笑い返された。
アルティーティの正体を知っている彼は、時折、いやごくたまに気が向いた時にこうして助け舟を出してくれることがある。ありがたいことこの上ない。
「イベントといえば、今年の剣術大会は隊長出るんスね」
ヴィクターの声が弾んでいる。よほどその剣術大会にジークフリートが出場することが嬉しいらしい。
カミルも思い出したかのようにうなずいた。
「あーそうらしいね。オレもつい最近知ってびっくりしたよ」
「え? なんでびっくりしたんですか?」
「毎年アイツ、騎士団の推薦があっても出場辞退してたからね。おかげでオレが毎年出る羽目になってねぇ」
「辞退ってなんでまた」
「出る意味がないって言ってたよ。まぁ遊撃部隊だからあまり目立つことはしたくないってのはわかるけど、それにしても、ねぇ」
「なんで今年は出る気になったんスかね?」
「さぁ? 好きな子でもできたんじゃない?」
(好きな人じゃなくて契約結んだ婚約者ならいますけどね)
カミルの意味ありげなウインクに、アルティーティは苦笑いを浮かべた。
ただカミルの言うこともわかる。
パウマの夜会で、ジークフリートに婚約者ができたことを知った貴族たちは少なくはない。表向きは恋愛結婚で、貴族界隈にもそのように説明されている。その彼らの目を欺かなければならない。
家まで用意する周到さだ。きっと今回の出場も、周りに向けてのパフォーマンスだろう。
ひとり納得していると、彼女から思った反応を得られなかったのが残念だったのかカミルが肩をすくめた。
「まぁそれは冗談で、ほら、今年は隣国の王子様たちが何人か学園にご遊学中だから、うちの騎士強いでしょってところを見せたい国の思惑があるんじゃないかな?」
国、ということは国王の意向か。王命ともなると流石のジークフリートも断れなかったのだろう。そんなことに王命を出す国王も国王だが。
(そういえば王様ってどんな人なんだろう。ちゃんと見たことないんだよね)
この国の民、特に都市部ならば、一度は国王を見たことがある人間は多い。大きな式典の時や地方の視察などで挨拶することが多いからだ。
旅先で一度、国王のことを聞いてみたことがある。悪い噂はなかったが、良い噂も聞けなかった。師匠曰く、『平凡な王』らしいが、非凡な師匠が言うことだ。平凡じゃない気がする。
新人騎士の任命式にも来ていたが、成績順に並ばされ前に並んだ屈強な男子たちのせいでよく見えなかった。
王子だか王女だかもいた気がするが定かではない。最後列にいたのだから当然のことだ。
おかげで未だにこの国の国王のことはよくわからない。これから先、弓騎士という地味な後衛が国王に会えるタイミングは、勤続10年以上でもらえるという騎士爵の叙爵式くらいだろう。
「じゃあ休憩終わり。さっきの続きを、と言いたいところだけど、ヴィクターはオレと来てくれない? アルトはそのまま休憩しててくれていいからさ」
カミルはにっこり笑うとヴィクターを連れて大通りの角を曲がっていった。
姿が見えなくなると、アルティーティは小さく伸びをした。
木陰の風が気持ちいい。最近は討伐やら発熱やら魔力操作やらで、なかなかゆっくりと時間を取れなかった。
このままうとうとと眠りについてもいいかもしれない。
昨夜は色のない上に少し怖い夢を見た。そのせいで変に目が覚めてしまったのだ。
しかし変な夢だった。両親が出てきたのはまだわかるが、記憶に全くない人物が出てきたのだ。中性的で透き通った肌の少年など知り合いにいないし、いたとしても覚えている。
その人物に触れられようとした時、夢とはいえ恐怖を感じた。誰に触られようと気にはしないし、まして夢だ。夢の中でどうされようと現実には影響はない。
それなのにその少年に触れられると分かった瞬間、心臓を一気につかまれるような思いがした。
誰だかわからない、記憶にもない得体の知れない人物だからだろうか。あの少年は──。
(なんだか頭が痛くなってきた……)
アルティーティはズキズキと痛む頭をもたげ顔を顰めた。
あの片羽蝶のネックレスを拾ってから時折頭痛がする。強く長く続く時もあれば、弱かったりすぐに治る時もある。
目を閉じておけば少しましになるはずだと、顔を伏せながら「ちょっと疲れた……」とつぶやいた。
その時だった。
「…………アルティーティ?」
背後からかけられた声に振り返ると、ひと組の男女がそこに立っていた。
アルティーティは息を呑んだ。
声をかけてきたのは男性の方。真っ白な長髪が強い日差しを受けて銀色に光って見える。鼻筋の通った顔に柔和な笑みを貼り付けて佇む彼の双眸は、口元の笑みとは対称的に不自然なほど固く閉じられ、アンバランスな印象を受けた。
この人を知っている。彼はあの夢の謎の人物だ。声色からしてそうだ。直感がそう告げていた。
しかしそれ以上に、アルティーティが思わず後退りをしたのは女性の方だ。
淡いピンクゴールドのふわふわ髪をツインテールに結び、どこかの茶会にでも出席したのか昼にしては派手な赤のラメ付きドレスを纏い豪華な馬車から降りてくる。
天真爛漫なはちみつ色の瞳が、その甘さに反してアルティーティを鋭く睨め付けている。小さくふっくらとした唇が「おねえ様」と短く暗い響きを奏でた。
それが異母妹──ネルローザ・ストリウムであることは、そのつぶやきを聞くまでもなくわかる。幽閉されている間ずっと、今と同じように侮蔑を込めた瞳で見られていたのだ。
その目で見られたら最後、石にされたように体は動かなくなり、罵倒の嵐が過ぎるまで人形のように心を無くすしかない。
今も同じように。
だからだろうか。夢の少年だった彼が手を握ってきたことに反応が一瞬遅れた。
「やっぱりアルティーティだ!」
「あ……あな、た、は……?」
ネルローザから目を離すことなく、笑いかけてくる彼に問う。
「覚えてないのも無理はないですね。私はロンダルク・ガレンツェ。あなたの婚約者ですよ」
婚約者、と驚き固まるアルティーティのすぐ横を、風が逃げるように通り抜けていった。
魔女との死闘を勝利した初代国王が、聖女の墓に白い花を手向けたことに由来する。墓前で国を立て直すと誓ったとも言われているため、元々は建国祭と呼ばれていた。
前述の逸話から派生して家族や友人、恋人に花を送り合い感謝や愛を伝える日と現在ではなっている。
国にとっても国民にとっても特別な日なのだ。
その特別な日のために、騎士が準備に駆り出されるのは毎年のこと。
街路樹には造花で装飾がなされ、花祭りに備えて育てられた色とりどりの花がそこかしこの軒先に飾られている。
花のアーチなどの大掛かりなものもあるが、王族が控える壇上などの重要性や機密性の高い場所は騎士や文官たちが担っていた。
そんな中、アルティーティはカミルやヴィクターと共に大通りの整備のため第三区画に来ていた。
各区を結ぶ重要な道であり、祭り当日は王族の乗る馬車が通る予定になっている。重要中の超重要な場所だ。ジークフリートや他の隊員たちも別の区画の大通りを担当している。
第三区画は第四区画よりも前にできた貴族街だ。真新しい店や貴族の邸宅が並び華やかな第四よりも比較的落ち着いた雰囲気がある。通行人より馬車が多いからだろうか。第四区画にあった井戸端会議をする婦人方や駆け回る子供らなどの姿は見えない。
街灯に国旗をつるしながら、アルティーティは少し懐かしい思いに浸りつつ鼻歌を歌っていた。
ストリウム家の邸宅は第三区画にあった。
といっても、大通りからかなり遠い。先々代が男爵に引き上げられた当時、貴族としては新参のストリウム家がやっと買えたタウンハウスがそこだったという。
遠いはずのここが懐かしいのは、塔からいつも眺めていたからに他ない。
周辺に高い建物がなかったせいか、遠くからでもよく見えた。あの時見た賑わいや、白っぽい石造りの道が目を引く。
特に、花祭りの日は継母も異母妹もパーティーに行くためいつも留守だった。当然アルティーティは留守番で、塔の上から街の賑わいを眺めてため息を漏らしていた覚えがある。
とても苦い思い出ではあるが、憧れがあったのは確かだ。それを今感じられる喜び。それ以上に、花祭りが単純に楽しみだったりもする。
覚えている限りでは、祭りには初めて参加する。旅をしていた時も花祭りをしている主要都市に立ち寄ったことはない。噂で聞く程度だった。
当日は警備があるが、それでも楽しくならないわけがない。
魔力操作訓練はダメダメで、昨夜の夢見も良くなかったが、こうやって徐々に鮮やかになっていく街並みを眺めるとそんなことも忘れてしまう。
(あーどんなお祭りなんだろう。出店もたくさん出るみたいだし、イベントもたくさん……休憩時間に回れたらいいなぁ)
「ご機嫌だねぇ」
ピィ、と高く口笛を吹くと、梯子の下からカミルに声をかけられた。どこかの店で買ってきたのか、手には木のコップいっぱいに注がれたジュースがある。
カミルは梯子を押さえるヴィクターにそれを差し出すと、アルティーティに向けても「ちょっと休憩しよ」とウインクしてきた。
「花祭りが楽しみでして」
梯子を降りてコップを受け取る。なんともいえない果物のいい匂いだ。何種類か混ざっているのだろうか。赤みの強いオレンジ色のとろりとしたジュースだ。
街路樹の根本に腰掛け、ちびちびと口をつけているとヴィクターが茶化すように聞いてきた。
「告白でもする予定があんのか?」
「告白? いやそういうのはないけど、なんで?」
「なんでってそりゃオメェ、花祭りっつったらそういうもんだろ。知らねーのか、平民なのに」
「え、ええと……」
「アルトは片田舎の小さな村出身らしいから、その辺の慣習はないんじゃないかな」
「そ、そうそうっ! そうなんだよ! ぼ、ボクの村じゃ花を飾るくらいしかしてなくてさ」
「ふーん……オレんちの方でもあったがなぁ。ド田舎の村ってそんなもんなんか」
「そ、そういうもんだよ。お、王都はイベントもたくさんあるんだろ? いやー楽しみだなぁ」
乾いた笑いを浮かべつつカミルに視線を送りつつ小さく会釈すると、親指を立てて笑い返された。
アルティーティの正体を知っている彼は、時折、いやごくたまに気が向いた時にこうして助け舟を出してくれることがある。ありがたいことこの上ない。
「イベントといえば、今年の剣術大会は隊長出るんスね」
ヴィクターの声が弾んでいる。よほどその剣術大会にジークフリートが出場することが嬉しいらしい。
カミルも思い出したかのようにうなずいた。
「あーそうらしいね。オレもつい最近知ってびっくりしたよ」
「え? なんでびっくりしたんですか?」
「毎年アイツ、騎士団の推薦があっても出場辞退してたからね。おかげでオレが毎年出る羽目になってねぇ」
「辞退ってなんでまた」
「出る意味がないって言ってたよ。まぁ遊撃部隊だからあまり目立つことはしたくないってのはわかるけど、それにしても、ねぇ」
「なんで今年は出る気になったんスかね?」
「さぁ? 好きな子でもできたんじゃない?」
(好きな人じゃなくて契約結んだ婚約者ならいますけどね)
カミルの意味ありげなウインクに、アルティーティは苦笑いを浮かべた。
ただカミルの言うこともわかる。
パウマの夜会で、ジークフリートに婚約者ができたことを知った貴族たちは少なくはない。表向きは恋愛結婚で、貴族界隈にもそのように説明されている。その彼らの目を欺かなければならない。
家まで用意する周到さだ。きっと今回の出場も、周りに向けてのパフォーマンスだろう。
ひとり納得していると、彼女から思った反応を得られなかったのが残念だったのかカミルが肩をすくめた。
「まぁそれは冗談で、ほら、今年は隣国の王子様たちが何人か学園にご遊学中だから、うちの騎士強いでしょってところを見せたい国の思惑があるんじゃないかな?」
国、ということは国王の意向か。王命ともなると流石のジークフリートも断れなかったのだろう。そんなことに王命を出す国王も国王だが。
(そういえば王様ってどんな人なんだろう。ちゃんと見たことないんだよね)
この国の民、特に都市部ならば、一度は国王を見たことがある人間は多い。大きな式典の時や地方の視察などで挨拶することが多いからだ。
旅先で一度、国王のことを聞いてみたことがある。悪い噂はなかったが、良い噂も聞けなかった。師匠曰く、『平凡な王』らしいが、非凡な師匠が言うことだ。平凡じゃない気がする。
新人騎士の任命式にも来ていたが、成績順に並ばされ前に並んだ屈強な男子たちのせいでよく見えなかった。
王子だか王女だかもいた気がするが定かではない。最後列にいたのだから当然のことだ。
おかげで未だにこの国の国王のことはよくわからない。これから先、弓騎士という地味な後衛が国王に会えるタイミングは、勤続10年以上でもらえるという騎士爵の叙爵式くらいだろう。
「じゃあ休憩終わり。さっきの続きを、と言いたいところだけど、ヴィクターはオレと来てくれない? アルトはそのまま休憩しててくれていいからさ」
カミルはにっこり笑うとヴィクターを連れて大通りの角を曲がっていった。
姿が見えなくなると、アルティーティは小さく伸びをした。
木陰の風が気持ちいい。最近は討伐やら発熱やら魔力操作やらで、なかなかゆっくりと時間を取れなかった。
このままうとうとと眠りについてもいいかもしれない。
昨夜は色のない上に少し怖い夢を見た。そのせいで変に目が覚めてしまったのだ。
しかし変な夢だった。両親が出てきたのはまだわかるが、記憶に全くない人物が出てきたのだ。中性的で透き通った肌の少年など知り合いにいないし、いたとしても覚えている。
その人物に触れられようとした時、夢とはいえ恐怖を感じた。誰に触られようと気にはしないし、まして夢だ。夢の中でどうされようと現実には影響はない。
それなのにその少年に触れられると分かった瞬間、心臓を一気につかまれるような思いがした。
誰だかわからない、記憶にもない得体の知れない人物だからだろうか。あの少年は──。
(なんだか頭が痛くなってきた……)
アルティーティはズキズキと痛む頭をもたげ顔を顰めた。
あの片羽蝶のネックレスを拾ってから時折頭痛がする。強く長く続く時もあれば、弱かったりすぐに治る時もある。
目を閉じておけば少しましになるはずだと、顔を伏せながら「ちょっと疲れた……」とつぶやいた。
その時だった。
「…………アルティーティ?」
背後からかけられた声に振り返ると、ひと組の男女がそこに立っていた。
アルティーティは息を呑んだ。
声をかけてきたのは男性の方。真っ白な長髪が強い日差しを受けて銀色に光って見える。鼻筋の通った顔に柔和な笑みを貼り付けて佇む彼の双眸は、口元の笑みとは対称的に不自然なほど固く閉じられ、アンバランスな印象を受けた。
この人を知っている。彼はあの夢の謎の人物だ。声色からしてそうだ。直感がそう告げていた。
しかしそれ以上に、アルティーティが思わず後退りをしたのは女性の方だ。
淡いピンクゴールドのふわふわ髪をツインテールに結び、どこかの茶会にでも出席したのか昼にしては派手な赤のラメ付きドレスを纏い豪華な馬車から降りてくる。
天真爛漫なはちみつ色の瞳が、その甘さに反してアルティーティを鋭く睨め付けている。小さくふっくらとした唇が「おねえ様」と短く暗い響きを奏でた。
それが異母妹──ネルローザ・ストリウムであることは、そのつぶやきを聞くまでもなくわかる。幽閉されている間ずっと、今と同じように侮蔑を込めた瞳で見られていたのだ。
その目で見られたら最後、石にされたように体は動かなくなり、罵倒の嵐が過ぎるまで人形のように心を無くすしかない。
今も同じように。
だからだろうか。夢の少年だった彼が手を握ってきたことに反応が一瞬遅れた。
「やっぱりアルティーティだ!」
「あ……あな、た、は……?」
ネルローザから目を離すことなく、笑いかけてくる彼に問う。
「覚えてないのも無理はないですね。私はロンダルク・ガレンツェ。あなたの婚約者ですよ」
婚約者、と驚き固まるアルティーティのすぐ横を、風が逃げるように通り抜けていった。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる