86 / 97
2章
86.白黒の夢
しおりを挟む
◇◇◇
見上げる視界いっぱいに広がる白黒の空。その視界の左右に入るふたつの影があった。
そのうちの右にいる顔が、白黒の空よりずっと近く、見下ろすように視界に入ってくる。小さなふくよかな手でその人の手を握り返すと、嬉しそうに彼女は笑った。
(かあさま……)
アルティーティは懐かしい母の姿に目頭が熱くなる。
艶やかな黒髪を風になびかせ、アルティーティと同じワインレッドの瞳は慈愛に満ちている。微笑を浮かべるその姿は、今にも消えてしまいそうに儚げだ。白黒の世界で瞳だけははっきりと色付き、まるで母子をつなぐ証明のように見えた。
かすみつつある記憶の中の、生前の母のままだ。
だからわかる。これは夢だと。
微笑みかけられる嬉しさと、現実には母はいないという虚しさが胸の内からあふれ出る。言葉にして母の名を呼びたいのに「あぅ、ゔー」と変な唸り声しか出ない。母が生きていた頃のように、アルティーティも幼児に戻ってしまったようだ。
ただこの夢がずっと続いてほしいと願うように、繋いだ手をぎゅう、と握りしめる。
アルティーティを挟んで逆にいるのは父だろうか。口元が笑っているが、それしか見えない。黒く塗りつぶされたその人は、どんな顔でどんな声だったかすら思い出せないのが少し悲しい。
家族3人で手を繋ぐ。ただこの時は幸せだった。それだけはわかる。
しばらくすると、不意に父が立ち止まった。何かを話しているが、声は聞き取れない。
父と母の視線の先に、アルティーティも目を向けると、ひとりの少年がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
(誰だろう……あの人)
白黒の世界の中で彼はひときわ真っ白だった。肌も、服も、まつ毛さえ白く見える。貴族の子息がよく着ている服でなければ、どこかの姫かと勘違いするほどの美貌だ。
その彼が、アルティーティの目線に合わせるべくゆっくりとしゃがみ込む。にっこりと笑顔を作る彼は近くで見ても美しい。どこかの村で読んだ物語の王子様みたいだ、と夢だと理解しているアルティーティは思った。
同時に母がぎゅっと手を引いた。思わず見上げると、固い表情で彼を見つめる母の顔がある。警戒しているのが声をかけずともわかった。
(かあさま……?)
「君がアルティーティですか?」
彼の問いにアルティーティも母も応じられない。ただ父の口元だけが、肯定しているように軽やかに動いているのは見えた。
しかし父の声など聞こえないのか、目の前の少年は一切父の方を見ない。アルティーティだけを見つめ、笑顔を崩さず手を伸ばしてくる。
「やっと見つけましたよ。私の大切な……」
──なぜだかはわからない。
母と父と手を繋いだままのアルティーティはこの時、その白い少年の手が震えるほど怖いと思い──。
◇◇◇
見上げる視界いっぱいに広がる白黒の空。その視界の左右に入るふたつの影があった。
そのうちの右にいる顔が、白黒の空よりずっと近く、見下ろすように視界に入ってくる。小さなふくよかな手でその人の手を握り返すと、嬉しそうに彼女は笑った。
(かあさま……)
アルティーティは懐かしい母の姿に目頭が熱くなる。
艶やかな黒髪を風になびかせ、アルティーティと同じワインレッドの瞳は慈愛に満ちている。微笑を浮かべるその姿は、今にも消えてしまいそうに儚げだ。白黒の世界で瞳だけははっきりと色付き、まるで母子をつなぐ証明のように見えた。
かすみつつある記憶の中の、生前の母のままだ。
だからわかる。これは夢だと。
微笑みかけられる嬉しさと、現実には母はいないという虚しさが胸の内からあふれ出る。言葉にして母の名を呼びたいのに「あぅ、ゔー」と変な唸り声しか出ない。母が生きていた頃のように、アルティーティも幼児に戻ってしまったようだ。
ただこの夢がずっと続いてほしいと願うように、繋いだ手をぎゅう、と握りしめる。
アルティーティを挟んで逆にいるのは父だろうか。口元が笑っているが、それしか見えない。黒く塗りつぶされたその人は、どんな顔でどんな声だったかすら思い出せないのが少し悲しい。
家族3人で手を繋ぐ。ただこの時は幸せだった。それだけはわかる。
しばらくすると、不意に父が立ち止まった。何かを話しているが、声は聞き取れない。
父と母の視線の先に、アルティーティも目を向けると、ひとりの少年がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
(誰だろう……あの人)
白黒の世界の中で彼はひときわ真っ白だった。肌も、服も、まつ毛さえ白く見える。貴族の子息がよく着ている服でなければ、どこかの姫かと勘違いするほどの美貌だ。
その彼が、アルティーティの目線に合わせるべくゆっくりとしゃがみ込む。にっこりと笑顔を作る彼は近くで見ても美しい。どこかの村で読んだ物語の王子様みたいだ、と夢だと理解しているアルティーティは思った。
同時に母がぎゅっと手を引いた。思わず見上げると、固い表情で彼を見つめる母の顔がある。警戒しているのが声をかけずともわかった。
(かあさま……?)
「君がアルティーティですか?」
彼の問いにアルティーティも母も応じられない。ただ父の口元だけが、肯定しているように軽やかに動いているのは見えた。
しかし父の声など聞こえないのか、目の前の少年は一切父の方を見ない。アルティーティだけを見つめ、笑顔を崩さず手を伸ばしてくる。
「やっと見つけましたよ。私の大切な……」
──なぜだかはわからない。
母と父と手を繋いだままのアルティーティはこの時、その白い少年の手が震えるほど怖いと思い──。
◇◇◇
0
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
【完結】今夜さよならをします
たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。
あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。
だったら婚約解消いたしましょう。
シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。
よくある婚約解消の話です。
そして新しい恋を見つける話。
なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!!
★すみません。
長編へと変更させていただきます。
書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる