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第四章 青い夜と侵入者

第37話 夜の番人

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 トトは仄かに青く光る蛍光石を大事そうに手のひらで包み込んでいた。その手の隙間から零れ出てくる青の光は、部屋の至る所にさざ波のような影を生み出している。俺とトトはしばしその影の揺らめきに見惚れていた。図らずも作り出された波のような影は、まるで海の底から海面を見上げているようだった。

「――じゃあトト、後は任せた。二時間位経ったら起こしてくれ」

「うん、わかった。この石の光が二回消えたら起こす事にするよ」

「そうだな、それで頼む」

 俺は鞄からタオルと防寒用のマントを取り出した。タオルを丸めて枕にし、マントを体に被せて毛布として利用する。まだ9月といっても、やはり山の夜は肌寒い。

「ねぇねぇ、もし、『夜の番人』に見つかったらどうする? 戦う? 逃げる?」

 トトもいつの間にか鞄からマントを取り出してそれに包まっていた。暗くてトトの表情はよく読み取れないが、声の調子から察するに夜の番人を怖がってる様子はなさそうだ。どことなく、修学旅行の夜にやってくる見回りの先生から隠れているような、高揚感と緊迫感が入り混じったような楽し気な声に聞こえる。

「夜の山を逃げ回る方が危険だし、その時は仕方がない、戦おう。見つからないのが最善だけどな」

「了解したよ。なんだかドキドキするなぁ、何かあったらすぐ起こすね!」

 やっぱりトトはこの状況を楽しんでいるようだった。この調子だと見張りを交代した後もずっと起きてそうだな。俺はそんな事を考えながら目を瞑った。
 波の様な影が揺れ、波音の様な葉擦れの音が耳に入る。どうやら俺の方はすぐに眠りに落ちて行けそうだった。



 夜の番人と呼ばれるボスモンスターがこのエルド山脈には出現する。初心者プレイヤーのほとんどはこの夜の番人に何度も苦汁を飲まされた事だろう。なにせ今までの生温いモンスター達と違って、この夜の番人は本当にあの手この手でプレイヤーを戦闘不能に追い込もうとしてくるモンスターだったからだ。

 俺達が目を覚ました白い砂浜からルトの村までの間で出会う事の出来るモンスターのほとんどは、マスコットキャラのような見た目をしていた(黒目のドラゴンは例外)。そして、そのどれもが見た目通りの弱々しい能力と穏やかな気性しか持ち合わせていなかった。
 しかし、夜の番人は見た目からしてなかなかに風格のあるモンスターだった。闇に溶けるような真っ黒な鎧に身を包み、トトの背丈ほどもありそうな巨大な剣を手にしている。兜の隙間から僅かに見える口や目の部分には肉が無く、白茶色の骨だけが見えていた。もちろん、その恐ろしい見た目通りの凶暴な気性と能力も持ち合わせている。

 まず、警戒心が非常に強く、音や光などに敏感に反応してプレイヤーを襲ってきた。もちろん小屋の中にいようと関係は無い。明かりをつけたままにしていたり、大きな物音をたてているとどこからともなく現れて襲い掛かってくる。初心者にありがちだったのが、小屋の中だから大丈夫と油断していた所に襲われるパターンだ。
 次に気を付けるべき点は、夜の番人の能力だった。夜の番人の移動速度はそこまで早くない。しかし、夜の番人の声が聞こえる範囲にまで近寄られてしまうと危険だった。夜の番人は『嘆きの叫び』と呼ばれる常時発動型のスキルを持っており、声の届く範囲にいるプレイヤーの身体能力を著しく低下させる事ができたからだ。

「それじゃ、おやすみトト」

 まぁ、小屋の中でじっとしてれば基本的に見つかる事は無い。二人とも寝てしまうのはさすがに危険だから見張りはするが、そこまで気を張り続ける必要はないはずだ。それに、朝が来てしまえば夜の番人はどこかへ姿を消してしまう。今が大体20時前位だとして、あと10時間程の我慢だ。きっと何も起こらないだろう。

「ふふふ、おやすみ、イヨ君」

俺が眠りに落ちる前、やけにそわそわしているトトの姿が目に入った。
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