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忠告15 あなたと一からはじめたい
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しおりを挟む「……寂しい?」
ころんと隣に寝そべってきて、優しく抱きしめられる。
その顔は……子供をなだめる親みたいに穏やかで、ちょっとだけ悔しくなった。
智秋さんは、なんとも思わないんだろう。
「少しだけ」
「少し……?」
ちょっぴり強がってみせると、智秋さんが目を丸くした。
ここ数か月は、毎日職場でも家でも彼を見ることができたのだ。せっかく得られた時間が半減するのは、惜しいし寂しいに決まっている。
でも、一方で、ちゃんと頭では理解しているの――。
「……今までみたいに、遠くから見てるだけじゃないので――」
もうあの頃の、彼を目で追いかけているだけの私とも、偽装結婚した私たちとも違う。
「家に帰れば、会うことが出来るし、こうやって触れることも出来ますし」
そっと背中に腕を回して、にこりと首を傾げた。
思い合っていて、気持ちが繋がっている。
こんな恵まれた状況で〝寂しい〟なんてゴネるのは、過去の私に怒られてしまう。
バチが当たるというものだ。
「ふぅん……」
だけど、聞こえてきたのは、なんだか智秋さんの不服そうな声。
え? 顔を覗き込むと、いつの間にかかけたのだろう。眼鏡を装着したジト目の智秋さんがいて、上半身を起こしじっとり私の顔を覗き込んできた。
「え? なん、ですか……?」
なにか、悪いこと言ってしまった、だろうか?
反射的にシーツを握りしめて一歩引く私。
智秋さんも、なぜかじりじり近づいてくる。
「なんだか、面白くないな……」
「あ、あのぅ……――わぁ!」
後退して、迫って。
何度か繰り返しているうちに、またもや不服そうな声とともに私に向かって両手が伸びてきて――
両手を掴まれ、そのままシーツに縫い付けられた。
「俺ばかりが、浸食されてるみたいで嫌だ」
そして、突然真顔で言い切ってきた。
侵食……?
な、なんのこと……?!
「ち、智秋さんばかり、とは?」
ドキドキしながら尋ねると、艶やかな笑みを浮かべた智秋さんが耳元に顔を近づけてきて。
「あなたにも、同じくらい俺に夢中になってもらわなきゃ安心できない――」
なんて、横暴ながらも、眩暈がするほど甘い口説き文句を注ぎ込んできた。
「……それって――」
つまり、つまり……!
「ほら、もう黙って――ちゃんと今からもう一度、俺を安心させて」
キスをしながら、ふたりの体重がシーツに沈み淫らに絡まりあう。
紡ごうとする言葉は甘い吐息となって、ベッドルーム落ちていった。
不器用だけど、一途に、一心に、求めてくれるあなたに。
心を掴まれてしかたないのは、私のほうだ。
きっとこれからも、ひとつ、またひとつ日を重ねるごとに、
執念深い私の気持ちは、深みを増していくだろう。
なんたって、五年前からずっとずっと、そうだから。
「こら、ニヤニヤしてなに考えてるの」
「ふふっ……大好き、智秋さん」
「……好きじゃない。愛してるだろう――」
笑い合って、抱きしめ合って、繋がって、またキスをする。
ダークスーツの似合う、辛辣で美しい悪魔の素顔が、こんなにも甘くてオトコの顔をしているということは……私だけの秘密だ。
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