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忠告15 あなたと一からはじめたい
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ふと、瞼を開くと、ベッドの真ん中いつもの態勢で智秋さんの腕の中にいた。
ダウンライトが控えめに灯る、薄暗い寝室。
あれからまだ数時間しか経っていないのか、カーテンの向こう側は暗い。
また智秋さんに求められているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい……。
気怠い下半身の重みが、残ってる。
頭上からは、寝息が聞こえてくる。
私を後ろから抱きしめたまま、彼はまだ夢の中にいるようだ。
――今、何時なんだろう……。
ふと、気になって、起こさないように身じろぎをする。
すると、ベッドに肘をついて時計を見ようとしたとき、視界の端でキラリとなにかが光ったような気がした。
「これ……」
左手の薬指にはめられた、見たことのある、ウェーブ状の細身でシンプルなデザインの指輪。
――マリッジリングだ。
リサイズ済のそれは、以前みたいにクルクル回ることはなく、ピタリと薬指に収まっている。
眠ってる間につけてくれたのだろう。
さっき車内で、パーティーの前日に電話が来て、取りに行ってくれたと教えてくれていた。
「……? 起きたの?」
見つめていると、背後の智秋さんがもぞりと動き、掠れた声が落ちてきた。
肩越しに振り返って、左手を見せる。
「これ……ありがとうございます」
暗がりで裸眼だったが、すぐに気づいてくれたらしい。
手を取って、するりとリングの上から薬指を撫でられた。
「……気づいたんだな」
くすぐったくて、笑みがこぼれる。
「ふふ、ぴったりです。これなら、落とす心配はいらなそうです。ネックレスと一緒に大事にしますね」
サイドボードの〝桜〟のネックレスに視線を送ってそう言うと、智秋さんも笑う気配がした。
「しっかりつけていてくださいよ……これがないと、あなたはまたトラブルを背負ってきそうだからな」
「トラブルって」
可愛い心配に、頬の緩みが止まらない。
振り向いて彼の顔を見ようとしたら、ふと、その背後にある窓際に生けられた薔薇に意識が引かれた。
「あ――」
「ん?」
智秋さんも私の視線を追って、窓の方を見る。
「そういえば気になったんですけど、あの薔薇って……オブジェの薔薇ですか?」
パーティーの見送り時に、オブジェの花を小さなブーケにしてゲストたちに配布した。
やってくれたのは委託した企業のほうだけど、あらかじめ取り置いてくれたのだろうと思っていた。
それに、会長の別荘の薔薇は、少し他とは違う。手入れが行き届いているのが明確な艶やかな真紅を放ち、とても花弁が大ぶりだ。
「いいえ」
「えっ」
だけど、智秋さんがゆったりした手つきで私の長い髪を撫でながら、首を横にふる。
私は目をパチクリさせた。
「……会長の別荘の薔薇ではありますが、前もって別に用意してもらっていたんです」
「別に……? ぁ……」
伸びてきた手に肩を押され、シーツに背中が沈み込む。
「別荘でとても気に入ったようだったから……花を渡すならこれが一番喜ぶだろうと思ったから。搬入時とは別に届けてもらったんだ」
智秋さんはそういいながら、当たり前のように覆いかぶさってきて、首筋に顔を埋め、啄みはじめる。
「わざわざ、手配、を……」
んっ……くすぐったい。
「当たり前でしょう……プロポーズの花なんですから。会長に依頼したときにからかわれたが、どうせ来週からは毎日顔を合わせるわけじゃないしな」
嬉しい気持ちに胸がきゅんと震えた一瞬、ハッと息を呑んだ。
――そうだった……。
「どうしたの?」
智秋さんが、急に黙ってしまった私を頬を撫でながら真上から様子を窺う。
「……智秋さん、フーズに戻っちゃうんですよね」
つぶやくと、智秋さんが言いたいことを察したのか、静かに私を見つめていた。
すっかり、頭から抜け落ちていた。
仕事上では時折、智秋さんの本社勤務の期限が近づいていると度々感じることがあったけれど、ずっと、今日の勝負の行方ことで頭がいっぱいだった。
落ち着いた今、ようやく実感して、胸の奥が、きゅぅ……と切なくなる。
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