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忠告14 話をしに参りました
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しおりを挟むそうやって、準備を進めているうちに、パーティーが開場し、カウンターには多くの人が押し寄せる。
招待客には、グループの要人をはじめ、政治家に財界の大物や著名人、豪華な顔ぶれがそろっている。そのため、リストにないお客様は通せないことになっている。
招待状の提示を求め、中へ案内するのが私たちの仕事だ。
「いやぁ、國井さん、久々だねぇ……! 招待状ありがとう」
「お世話になっております、本日はごゆっくりお楽しみください」
見知った顔ぶれも多い。作業をしながらも、気配りと笑顔は外せない。
そんなふうにして、人波が落ち着いてきた頃だろうか。
応対の最中、突然、友子に耳打ちをされた。
「ねぇ、桜……あの人、ちょっと怪しくない? ずっと下向いて、動きがおかしいの……」
訝しげな友子の視線の先を追うと、ロビー中央にそびえる薔薇オブジェの陰にあるベンチ。
大きなオブジェが邪魔して、ここからでは見えにくいが、真っ黒いコートを羽織った……男性だろうか? 背筋を丸め何かをしているようだ。
下を向いて、普通の人と違う動きをしているのはわかる。
「っていうか、受付もしないでずっと座ってるの……怪しいわよね」
確かに下を向いて、不審な動きをしているようにも見えるが、私のいる場所からさらに首を伸ばすと、必死に何かを探しているようにも見えた。
私は視力も良い方だ。怪しい人というよりも、焦っているように見えた。
「私、声かけてくるよ……」
「――桜、警備員のほうが……」
「大丈夫! なにかあったら、コレで連絡する」
連携をはかるために、一部のメンバーにはインカムが配られている。ソレを指差し、その場を友子や他のメンバーにお願いして、カウンターを後にした。
ぐるりとオブジェを回り込んで、男性のもとに駆けつける。
「お客さま、どうしました……――?!」
だけど駆けつける最中に気付いた。
黒いジャケットを羽織った男性は――ダニエル会長だ……!
ゼエゼエと苦しそうに胸を押さえ、なにやら必死でバックの中を探っている。
瞬時に頭を巡らせた。
――発作だろうか……? だとしたら、薬?
私は英語に切り替え「失礼します」と横から手を出して、代わりにバッグの中をのぞかせてもらう。
すると、バッグの内ポケットの奥底から吸引型の気管支拡張薬を見つけた。
すぐに伸びてきた手に手渡すと、ホっと安堵したような表情でソレを口元へ運んだ。
そして、背中を優しく上下に手のひらでさすって――。
ゆっくり……ゆっくり……。
しだいに、緩やかに、静かになっていく呼吸。
✽✽✽
「はぁ……お嬢さん、助かったよ、ありがとう」
「とんでもないです、気づけてよかったです……」
あれからインカムで友子と連絡を取り、その場で少し休んだあと、付き添ってゲストルームへ誘導した。
ソファーに深く腰掛けたダニエル会長は、安堵したように深く息をついている。
――本当に良かった……。
「日本は寒気だから気を付けていたんだが、長い滞在ともあって、疲労が溜まっていたのかもしれないな」
聞くに、ダニエル会長は、長年気管支系の病気を患っており、季節の変わり目や生活環境、そして自身の疲労やストレスなどで、こういった発作が起きてしまうことがあると教えてくれた。
お付きの秘書にお遣いを頼み、玄関前のロータリーで降ろしてもらったあと、どことなく息苦しさを感じ、あそこで休んでいたところだったらしい。
そこで発作の気配が過ぎり早めに薬を……と思っていたら、焦りからどんどん苦しくなってきて、なかなか見つけられなかったのだそう。
大事に至らなくて本当によかった……。
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