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忠告13 ようやくわかったこと
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しおりを挟む――情報交換は、つつがなく終わった。
あとは、脳内で整理をして、当日までの算段を立てるだけだ……。
とはいえ、それが一番大変なんだが。
腕の見せ所ともいえるだろう。
『今のあんた、いい顔してるわよ』
『――ロボも、恋すると、人間になるんだな』
ふと、タクシーに乗る前の冷やかしの声が蘇る。
自分でも自覚しているだけに、返す言葉が浮かばなかった。
恋、ねぇ……。
國井桜は、努力家で、真面目で、言葉にひとつも嘘がない人間だ。周囲とはちょっとだけ違っていて、俺にも変わらず笑顔で挨拶する……とても変わった女性だ。
思えば、そう思っていた五年前からその片鱗はあったのかもしれないな……。
『すみ、ません……迷惑かけて――ふじもりさんにも、ほうこく、しなきゃ……』
あの瞬間、どうして笑いかけてしまったのだろうと、ずっと思っていた。
真っ青な顔をして周囲を案じる彼女を前に、どうして胸の奥が詰まったような気分に陥ったのかと思っていた。
そして、秘書室で告白をされたとき、どうして、彼女を引き止め無茶な提案をしたのだろうと……ずっと思っていた。
でも、ここにきて、ようやくわかった気がする――。
あのとき、微笑んだ理由も。
引き止めて、忠告をした理由も。
きっと、俺は五年前のあの瞬間から
無意識のうちに、彼女のことを――……。
「俺は、案外、わかりやすい男なんだな……」
閉じた瞼に静かに唇を押し付け、立ち上がろうとした。
「んぅ……、ちあき、さん……?」
舌足らずの甘い声。
離れかけたシャツの袖口が、くいっとゆるく引かれた。
「起きたの……?」
頬撫でながら、顔を覗き込む。
彼女を前にすると、自分が自分ではないと思えるほどに、穏やかで優しい気持ちになる。
こんな顔……周囲には見せられない。
桜さんは今にも閉じそうな潤んだ瞳でしばらく見俺をつめたあと、ふにゃりと笑う。
完全に、寝ぼけているな。
「眠っていていい……。藤森さんから連絡をもらって、うちに連れ帰ってきたから」
「少しだけ……手、つないでて……」
髪を撫でて言い聞かせると、枕元に座る俺に、ゆったりした動きで、シーツから白くて小さな手が伸びてくる。
指を絡めて、ぎゅっと握った。
満足したのか、そっと瞼を下ろしていく。
胸が甘く震えるのを感じた。
「ゆっくりお休み……」
起きてくれないかと……少しだけ期待したが、そんな幸せそうな顔をされると、起こせない……。
力の抜けた唇に静かに口づけた俺は、ベッドを離れ、今日のミーティング内容を振り返りながらバスルームへと向かった。
――この勝負、負けるわけにはいかないからな。
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