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忠告10(後編) 答え合わせはおもてなしの後で
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「――なるほど……グレンのプロフィールに目をつけたか」
早速私の話しを聞いて早々、クリスは甘いマスクを歪めてつぶやいた。
「……前も言ったように、彼は周囲と率先して関わらなかったし、自分のことを話さないタイプだったからなぁ……」
ブラウンの緩いくせ毛を掻き上げながら、細められる宝石のようなグリーンアイ。
早々に斬り込んでみたが、やっぱりいかにも情報が得られ無さそうな雰囲気だった。
でも、まだ諦めるわけにはいかない。
「出身地なども……?」
プロフィールで公開されている出身地は“欧米”という単語のみ。
でもそれでは範囲が広すぎる。国や地域によって食文化は大きく違うから、できたらそこだけでも聞いておきたいと考えていた。
テーブルの真ん中で、ボイスレコーダーが、赤く点灯している。
「僕たちが通っていたスクールは、著名人や王室貴族の関係者が山ほどいると同時に、デリケートなパターンも多いんだ……」
クリスが言いにくそうに切り出した。
それに、小さく息を呑む。
“デリケート”……複雑に絡み付くお金持ち事情……婚外子とか、そういうことだろう。
「素性へ安易に踏み入るのは、僕は不作法だと思っている。祖父が厳しくて、そう躾られてきたからね。……てっきり、流暢なフランス語を話すから、グレンはフランス出身なのかと思っていたんだが――」
踏み込まない気遣いはクリスらしい。
そういえば、昔、ホームステイ中にも『じーちゃんがうちでは絶対的な存在なんだ』と何度か耳にしたことがあったっけ。
「まあ、僕が留学生で、機器発明に勤しんでいた変わり者だから知らないだけ、という可能性もあるけれど――……」
「……なるほど」
これも大いに関係ありそうだ。昔の彼が重度の機器ヲタクだったことを、すっかり忘れていた。
「……あぁ、でも――ひとつだけ聞いたことがあったかも――」
ふと、コーヒーに口にしていたクリスが、思い出したように目を瞬かせた。
私は諦めかけていた思考をストップさせて、顔を見上げる。
「それは――……」
それを耳にした瞬間、私はハッと大きく目を見開く。
噛み締めて、心で安堵の息を漏らした。
やっぱり、私の予感は正しかった――。
帰ったら、もう少し注視して情報を集めてみよう。
「――クリス……ありがとう」
その後いくつか質問を繰り返したあと、自分の中での考えがまとまってきたので、予定よりも早く、その場を終了とさせてもらった。
レコーダーの電源を落とし、持参したファイルや返却予定の本を抱えた私は、応接スペースの前でクリスに深々と頭を下げる。
「……いや、こんなんで良かったのかい? まだ10分程度しか経ってないし、料理のことなんて、ひとつも――」
「ううん、これでいいの。ここからは私の頑張りどころ。貴重な時間邪魔してごめんなさい。とても助かった」
「とんでもないさ」
席を立った私をごく自然に入口の方までエスコートしながら、昔から変わらないニコニコ顔を見せてくれるクリス。
「ところでチアキ、遅いな、『すぐに戻ります』って言ってたんだけど……」
「きっと、途中で急なお仕事が入ったのかも――……わっ!」
気遣いがちに腕時計に視線を落とすクリスに、こういうのは秘書にとってよくあることだから大丈夫だと、そう言い聞かせようとした私の足が、つるりと明後日の方向へ滑ってしまった。
「――おっと……! ごめん、書類が落ちてたか」
大きく前に傾いた身体を、嗅ぎ慣れないシトラスの香りと力強い腕が、ふわりと抱き止めてくれた。
「ありがとう……」
お礼を言いながら顔を上げると、身を屈めこちらを覗き込んでいたエメラルドグリーンの瞳とパチリと視線が絡まり、わずかに見開いた。
ち、近い。
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