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忠告1 見合いの打診
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しおりを挟むそれから夕刻の頃――。
「――会議のほうお疲れ様です。会長、藤森さん」
「あぁ、ありがとう、國井さん」
予定より三十分早く終えて役員室に戻った会長に、準備していたコーヒーを出す。
午後の業務も滞りなく済んだ。
会議中はいつものように私が留守を預かり、デスクワークに取り組む。
これが割と忙しかったりして。
はじめは、ほんのり浮かない気分を引きずっていたけれども、専念しているうちに、しだいにいつもの調子を取り戻していた。
今日ばかりはこの目まぐるしさに、感謝の一言だ。
「今回はやけに議題がスムーズに進むと思ったら、あらかじめ國井さんが、ファシリテーターへ情報共有をしてくれたんだね。おかげで、経営会議も早く終わったよ。ありがとう」
ティーセットを片付けデスクに戻ったところで、ふと、コーヒーに口をつけていた会長が柔和に頬を緩めて、私を褒めてくれた。藤森さんから聞いたのだろう。
胸の中が喜びでいっぱいになった。
お役に立てて良かった。
頑固な会長は『まだまだ若い』というスタンスを崩さない人だけれど、高齢の体に長時間の会議は負担が大きすぎると私は常々思っていた。
だから、ずっと気になっていたことを、少し前に藤森さんに相談して。今回は予め、議題に関する事項を各責任者にヒアリング行い、ファシリテーターへ事前に時間配分を提示して情報共有を徹底した。
そうすることで、意見が対立しそうな議題があれば、あらかじめ備えておくことができる。
まだ大きなお仕事を任されたことのない半人前だけど、褒められるのはとても嬉しい。
“彼”の役にも立てているといいのだけど……。
デスクワークに戻りながら。ふと、会議に参加していたであろう彼を思い、自然と口元が緩む。
「じゃ――藤森はそろそろ戻っていいぞ」
しかし。しばらくして。
そんな浮足立つ気分で残務と向き合っていた私の脳内を、会長の機嫌の良さそうな声が、バッサリと切り裂いた。
え……?!
慌てて時計を確認してみれば、もう終業時間の十八時を数分ほど回っている――?!
ずっと島田さんのお見合い話に心を囚われて、すっかり頭の片隅に追いやっていたけど!! そうだった!!
『大事な話し』だ! ど、どうしよう……!
まったく心構えができておらず、急にそわそわと焦りだす、私。
反射的に終わってもいない仕事をデスクの中へ突っ込んで片してしまうのは、秘書としての会長への気遣いが染み付いているからか、なんなのか。
いくら進退が問われる前触れとはいえ、ボスを待たせることだけはしたくなかった。
しかし脳内はデスク内同様、しっちゃかめっちゃかだ。
「じゃ、國井、俺は今日はもう帰るぞ、戸締まりは頼んだ」
ええ……は、早っ?!
いつの間に秘書室に戻る準備を整えた藤森さんは、私の肩をポンと叩いて、
会長に丁寧に挨拶をすませると、ルンルンと役員室をあとにしてしまった。
いつもは私や坪井さんを捕まえて、終業後の無駄話に花を咲かせるくせに。こういうときの素早さは一級品。
「……お疲れさまでした……」
ものすごく楽しそうな後ろ姿。
閉じた扉をぼんやりと見つめていると、
「――國井さん」
ギギギッと首を動かして振り向くと、
いつの間にか応接テーブルに移動している会長が、こっちこっちと笑顔で手招きをしている……っ!
ちょっと、早すぎやしないでしょうか……?
それとなく白のシフォンブラウスを整えながら慌てふためく心を押し付け、
いつものように綺麗な所作を心がけながらテーブルに近づく。
「そんなビクビクすることはない、なにを勘違いしているのかわからないが、悪い話ではないよ」
だけど、会長は苦笑しながら対面に座るように促してくれた。
え……?
悪い話ではない……?
応援ありがとうございます!
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