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忠告1 見合いの打診
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「はぁ?! 会長から呼び出し……?!」
――お昼休み。
時間の合った友子とやってきた、オフィスビルから徒歩数分のオシャレなイタリアンカフェ。
友子はいつものナポリタン定食を。私はバジルソースのパスタを口にしながら午前中の事を掻い摘むと、彼女は目を真ん丸くして驚愕する。
「……身に覚えは?」
「ないつもりだけど、いくら頑張っているつもりでも、空回りしてるだけっていう可能性もなきにしもあらずかなって……」
「可能性っていうか、会長秘書が会長から呼び出しとか穏やかじゃないでしょう。相当ヤバいんじゃないの……?」
ぐっ……。同意見だけど、我が親友は私に対する物言いが誰よりもドストレートだ。不安を煽られる。
「仕事にはミスのないように細心の注意をはらってきたつもりなんだけど……なにが悪かったんだろう……」
「桜はたまーに頑固なところがあるから、それがウッカリ仕事でも出ちゃって、逆鱗に触れちゃったとか?」
会長にそんなことするわけない……、って思いながらも、やっぱり……なんて背筋を震わせたりして。あーでもないこーでもないと、過去の些細な出来事をミスに置き換えて、脳内で不安の波に揺られる。
職を失うのも、居心地のいいこの秘書室を去るのも嫌だから真剣だ。
クビとか異動だったら、どうしよう……?
ぐるぐるとフォークに緑色のパスタを巻き付けながら頭を悩ませていると、ほどなくして向かい側から「ぷッ」と、息が漏らす音が聞こえてきた。
「――くくっ、わかりやすすぎ。すぐに真に受けて、ほんと素直なんだから」
「……もしかして、からかってる?」
「当たり前でしょう。会長が桜を辞めさせるわけないじゃない」
その自信はどこからくるのか。キッパリ言い切った彼女は、ぽってりした唇からぺろりと舌を出し、いつもの得意顔に表情を変えた。
なんて親友だ……。こっちは真剣なのに。
「そもそも、男性役員が女性秘書に意見を求めることなんて、よくあることでしょ。社長だってよく私に、奥様やお嫁さんへのプレゼント相談してくるわよ」
「それは私もあるけど……。でも、大事な話にも関わらず藤森さんは聞いていないみたいだし。終業後っていうのがまた引っかかって――」
「だったら、余計心配することじゃないわよ」
へ……?
「桜が解雇や左遷でもさせられるなら、相棒の藤森さんが知らされないわけないでしょ? 仕事関係じゃない、個人的なお願い事と考えたほうが自然よ」
個人的な……?
友子は、華やかなネイルの施された手で、フォークを動かしながら自信満々に説得してくるけれど、いまいちパッと晴れない私。
だって、会長がプライベートで私にお願いすることなんて思い当たらないし。
私に関する大切な宣告だからこそ、まずは本人に……という経路も充分にあり得るわけで――。
はぁ……いくら考えても分からない。
「それよりも、桜。あんたその進退問題とおんなじくらい重大なニュース……聞いてない?」
「え? ……重大な二ュース……?」
食後にセットのミニパフェが出てきた頃、突然、友子がそんなことを聞いてきた。
スプーンを手にしたまま上目遣いでこちらを見やる美麗な面立ちは、さっきよりもシリアスな気がして思わずドキリとする。
さっきまでの気がかりが身を潜め、一気に意識はこちらに向いた。
「なにも聞いてないと、思う、けど? なに? どうかしたの?」
噂的なものには鈍感なタイプだ。
首を傾げると、友子はちらりと周囲を確認したあと顔を寄せてきた。
「ゼネマネがお見合いを勧められているらしいわよ」
「え……」
一瞬、息が止まった。
ぴくんと揺れた肩のせいで、白いシフォンブラウスがふわりと揺れる。
おみ、あい……? 島田さんが……?
飛んできた情報を受け止めきれず、スプーンを持った手をテーブルに置いてしまう。
友子はそんな私を見て「……知らなかったのね」と察し、お揃いのアイスティーを口にしたあと、声を潜めて詳細を聞かせてくれた。
恋路に口を挟みながらも、一番の私の理解者だ。
「私も三日前に坪井さんから聞いた情報なんだけど、会長と社長がお節介やきたくて、何ヶ月か前から相手を勧めてるって言ってたわよ。あまりうまく進んでないみたいだけど。ゼネマネに女っ気がないものだから、会長たちは本気だとか……。まぁ、永斗さんの幼なじみで昔からの付き合いみたいだから、我が子同然に心配なんでしょうけどーー」
ちなみに、坪井さんは、先日の他社の企業式典に同行したときに、酔った社長からそのことを聞いたらしい。
てっきり、私の方も会長から聞いて知っているのだろう、と思ったらしいけれど……
「そう、なんだ」
はじめて聞いた。きっと身内だけの内々の情報を社長がうっかり話しちゃったのだろう。
急に胸の奥が詰まったように苦しくなった。
浮いた噂を全く聞いたことがない人だから、なにも考えたことが無かったけれど。
お見合いか……。そっか。
島田さんはとてもクールだけど、みんなが振り返るような素敵な人だからあり得る話しだ。
独身でいるのは、私も勿体ないと思う。
……そのうちあの笑顔は、誰か特別な人へ向けられるようになってしまうんだろうか。
はぁ。
小さくため息を落としながら、溶けたパフェにスプーンを伸ばしていると、
「――ちょっ!! なーに諦めたような顔してんの?!」
「いでっ」
ペチン! とオデコを小突かれる。
オデコを抑えて顔をあげると、強気に微笑む友子が小さなハンドバッグと伝票を持って立ち上がったところだ。
「なーんのために教えたと、思ってんのよ?! まだ相手が決まったわけじゃないでしょ!『私が立候補します!』って気持ちで迫ってみればいーじゃない!」
せ、せ、せ、迫る……?! そっちこそ、なに言ってるの?!
「ちょうど今月末からウチに来るんだし、今動かなくていつ動くのよ」
「わ、私がっ!? 私はそんな別に――」
こんな気分になって説得力が無いかもしれないけれど、今まで恐れ多くて、この恋を成就させようなんて考えたことなかった。
もちろん叶ったら嬉しいけれど!
だって想像出来ないよ。女性にすら興味なさそうな、あの島田さんだよ?
相手にされるわけ無いし。煙たがられておしまいだろうし。そうなるくらいなら、今のままでいいって――。
「桜――」
ゴニョゴニョ心で言い訳を連ねていると、
友子はずいっと、メイクの行き届いた整った顔を寄せてきた。
大きな目をきちんと合わせて、そして言い聞かせてくる。
「――好きなんでしょう? 私には、ゼネマネのどこがいいのかわかんないけど、恋は見てるだけじゃ、なーんにもはじまんないわよ。チャンスなんだから、頑張ってみればいいじゃない。今からだって、遅くない。なにごともやってみないと、わからないわよ……? 例え相手が悪魔やロボットでもね――」
友子……。
彼女は静かそう言って退けるとパチンとウインクをして、くるりと背中を向ける。
「ほら、モタモタ食べてないで仕事戻るわよ。夕方の会議の準備もしないとでしょ? お色気作戦なら後でいくらでも相談乗ってあげるから」
「えっ、あ、ちょっと待ってよ――」
私の2倍は足の長いパンツスーツの後ろ姿が伝票をチラつかせながら遠のいていく。慌てて残るパフェをかきこんで、バタバタと追いかける。
お色気って……
ってブツブツ心で文句を言いながらも。
なんだか妙にその言葉たちが胸にしみてきた。
見ているだけじゃ何もはじまらない――。
確かに、友子の言うことは一利あるかもしれない。
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