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フリード編
フリード・シアン2
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図書館の行き帰りくらいは問題なくできるようになったと見て、次は買い物を覚えさせようと、僕はルーナを連れて商店街へ出かけた。
雑貨店の前で立ち止まって買い物に必要なことを教えていると、店員の女性が話しかけてきた。
「いらっしゃい。お兄さん、よく来てくれる人よね」
「こんにちは。はい。お世話になってます」
おそらく60歳くらいだろう、人当たりのいい気さくなご婦人である。
彼女はルーナの全身をまじまじと見つめて言った。
「綺麗な奥様ねぇ。いつの間にご結婚なさったの?」
僕は動揺した。
「あ、いや、妻ではないんです」
「あら? じゃあ妹さん……じゃあないわよね?」
「はい。妹でもないです」
僕は黒髪で瞳も黒い。ルーナの髪は亜麻色で、瞳は緑色だ。血の繋がりがあるようにはとても見えないだろう。
「えぇと、それじゃあ……」
一体どういう関係なの?
女性の顔にそう書いてある気がして、焦った僕はとっさに事実とは異なることを言ってしまった。
「メイドです! 最近雇ったんです。今日はこのあたりの道案内をしてるところでして……」
僕がしどろもどろになっていると、ちょうど他の客が店員を呼んだので、彼女は「はーい」と返事をしてそちらに飛んで行ってくれた。
僕は終始無表情だったルーナの手を引いて足早にその場から立ち去った。
僕という奴はこの時まで、ルーナが人型だということを失念していたのだ。正確には、傍目には彼女がまるで人間にしか見えないということを、だ。
店員の女性が当たり前のようにルーナを人間扱いし、その上僕と親密な関係だと勘違いするなんて、当時の僕には思いもよらない出来事だった。
図書館通いが問題にならなかったのは、場所が場所なだけに、その場に居合わせた誰もが、わざわざルーナに接触しようとはしなかったからだろう。
ルーナはゴーレムだ。魔法使いの道具だ。
あの時このことをしっかり伝えられなかったのは、なぜなのか?
やはり僕もどこかで、彼女を人間のように感じていたのかもしれない。それで咄嗟に、ゴーレムと言っても信じてもらえないのではないかと思ってしまったのだ。
まさか、信じさせるためにルーナの胸元の魔法石を見せるわけにもいかない。あくまでも外見は若い女性なのだ。そんな彼女に向かって人前で服を脱げと命じるのは、うまく言えないがとても良くないことのような気がする。
しばらく悩んだが、僕は自らが出まかせで言った「ルーナはメイドである」という設定を貫くことに決めた。
ルーナには、我々の関係について誰かに聞かれたら「自分は住み込みのメイドだ」と答えるように命じておいた。加えて、それまで僕の呼び名が定まっていなかった——というか、二人きりなので名前を呼ぶ必要もあまりなかった——ので、この際メイドらしく「ご主人様」と呼ぶようにとも付け加えた。
ルーナはそれらの命令を二つ返事で承諾したが、もし彼女が人間ならこうあっさりとはいかなかっただろう。きっと「どうして?」くらい聞いてきたはずだ。こういう時に、やはり彼女は心のない道具なのだと再認識させられる。
しかし僕は、そんな彼女にもある種の暖かみを感じるのだ。人の姿をしているからだろうか?
もう少しルーナのコミュニケーション能力が向上したら、友人に紹介してみてもいいかもしれない。きっとその時に建設的な意見も聞けるだろう。
雑貨店の前で立ち止まって買い物に必要なことを教えていると、店員の女性が話しかけてきた。
「いらっしゃい。お兄さん、よく来てくれる人よね」
「こんにちは。はい。お世話になってます」
おそらく60歳くらいだろう、人当たりのいい気さくなご婦人である。
彼女はルーナの全身をまじまじと見つめて言った。
「綺麗な奥様ねぇ。いつの間にご結婚なさったの?」
僕は動揺した。
「あ、いや、妻ではないんです」
「あら? じゃあ妹さん……じゃあないわよね?」
「はい。妹でもないです」
僕は黒髪で瞳も黒い。ルーナの髪は亜麻色で、瞳は緑色だ。血の繋がりがあるようにはとても見えないだろう。
「えぇと、それじゃあ……」
一体どういう関係なの?
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「メイドです! 最近雇ったんです。今日はこのあたりの道案内をしてるところでして……」
僕がしどろもどろになっていると、ちょうど他の客が店員を呼んだので、彼女は「はーい」と返事をしてそちらに飛んで行ってくれた。
僕は終始無表情だったルーナの手を引いて足早にその場から立ち去った。
僕という奴はこの時まで、ルーナが人型だということを失念していたのだ。正確には、傍目には彼女がまるで人間にしか見えないということを、だ。
店員の女性が当たり前のようにルーナを人間扱いし、その上僕と親密な関係だと勘違いするなんて、当時の僕には思いもよらない出来事だった。
図書館通いが問題にならなかったのは、場所が場所なだけに、その場に居合わせた誰もが、わざわざルーナに接触しようとはしなかったからだろう。
ルーナはゴーレムだ。魔法使いの道具だ。
あの時このことをしっかり伝えられなかったのは、なぜなのか?
やはり僕もどこかで、彼女を人間のように感じていたのかもしれない。それで咄嗟に、ゴーレムと言っても信じてもらえないのではないかと思ってしまったのだ。
まさか、信じさせるためにルーナの胸元の魔法石を見せるわけにもいかない。あくまでも外見は若い女性なのだ。そんな彼女に向かって人前で服を脱げと命じるのは、うまく言えないがとても良くないことのような気がする。
しばらく悩んだが、僕は自らが出まかせで言った「ルーナはメイドである」という設定を貫くことに決めた。
ルーナには、我々の関係について誰かに聞かれたら「自分は住み込みのメイドだ」と答えるように命じておいた。加えて、それまで僕の呼び名が定まっていなかった——というか、二人きりなので名前を呼ぶ必要もあまりなかった——ので、この際メイドらしく「ご主人様」と呼ぶようにとも付け加えた。
ルーナはそれらの命令を二つ返事で承諾したが、もし彼女が人間ならこうあっさりとはいかなかっただろう。きっと「どうして?」くらい聞いてきたはずだ。こういう時に、やはり彼女は心のない道具なのだと再認識させられる。
しかし僕は、そんな彼女にもある種の暖かみを感じるのだ。人の姿をしているからだろうか?
もう少しルーナのコミュニケーション能力が向上したら、友人に紹介してみてもいいかもしれない。きっとその時に建設的な意見も聞けるだろう。
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