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頭痛の種

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 ジョセフ様をいっそミレーヌに押し付けたいと思った私は、エドモンと会うことにした。ミレーヌの現状を聞きたかったからだ。仕事の帰りに王宮にある食堂で一緒に夕食をとることにした。

「姉さんがジョセフ殿みたいなのが苦手なのはわからなくもないけれど……寝取るのがミレーヌだと姉さんの評判まで下がっちゃうよ……」

 エドモンは難色を示したけれど、私としては悪い話ではないと思っていた。縁談が流れた上、ミレーヌが片付けばこんなに有り難い話はない。私の婚約者を奪ったのがミレーヌなら、父も暫くは私に縁談を持って来ないだろう。そうすれば益々行き遅れになって縁談が来なくなる。そうなればずっと室長のお側にいられるかもしれない。

「今更私の評判なんて、今更気にしなくていいわよ」
「そんなこと言って……ルイーズ様の信頼も厚いし、勤務態度も高評価。姉さんの評判は悪くないんだよ」

 そうだったのか。行き遅れて仕事に逃げていると言われているのかと思っていたけれど、エドモンの話では評判が悪いのはミレーヌと父だけだという。

「確かに、私の評判が落ちるとエドモンが困るわね」

 ミレーヌだけでも問題なのに、私までエドモンの足を引っ張るのは避けたい。

「俺は大丈夫だよ」
「そうは言うけれど……婚約はどうするの? 誰かいい相手がいるの?」
「う~ん、まぁ……」

 何とも歯切れの悪い言い方に、女性の影を感じたのは姉の直感だろうか。この子ならいないならいないとはっきり言うだろう。

「協力出来ることがあったら言ってね。あまり役には立てないかもしれないけれど」
「大丈夫だよ」
「可能性は?」
「う~ん、七三で行けるかな。まだ公表は出来ないけどね」
「私も?」
「うん、姉さんなら……いや、まだ言えないな。ごめん」
「ううん、いいのよ。でも時期が来たら教えてね」
「ああ」

 力強く頷く様子からして可能性は高いらしい。エドモンは学園も好成績で卒業しているし、見た目も悪くない。要領がよくて友達も多く年上に気に入られるタイプだ。嫡男でなければ上の爵位の家に婿入りしても上手くやっていけるだろう。エドモンに代替わりすれば我が家は安泰だろうけど、その為にもミレーヌをさっさと片付けたい。

「ミレーヌは? 縁談、何かあるの?」
「いや、全く。子爵家辺りからの申込はあるけど、本人も父上も高望みしているからな。伯爵家出すら難色を示しているけど、どれだけ自己評価が高いんだか……」
「やっぱり」

 学園にいた頃は世間知らずの子どもの世界、見た目や仕草が可愛ければチヤホヤされたけれど、社会に出ればそうはいかない。今やミレーヌのようなタイプは不良物件でしかない。これで我が家が資産家ならまだ資産や事業目当ての申込も来るだろうが、残念ならがそんな要素は皆無に近い。えり好みしていないで、程々の伯爵家にでも嫁げばよかったのにと思う。

「まぁ、ミレーヌだからね。でも、ジョセフ様に執着しだすのは間違いないだろうね。男がいないと死ぬ病気にでもかかっているんじゃないか?」
「怖いこと言わないで。そんなことになったら嫁ぐのは絶望的じゃない」
「そうなんだけどさぁ。そもそもあれ、純潔なの? 兄妹間でこんな話したくはないんだけど……」
「だ、大丈夫じゃない? 多分……」

 私もこんな話はしたくなかったけれど、絶対に大丈夫と言い切れなかった。一応貴族家に輿入れするなら処女性が求められる。血の存続が一番優先されるからだ。

「もしそうじゃなかったら……」
「……はぁ、もう、誰でもいいから引き取ってくれないかなぁ。あんなのが何時までも家にいちゃ、婚約もままならないし」

 私はともかくエドモンには死活問題だろう。あんな小姑がいたら嫁ぎたいと思う令嬢はいないと思う。エドモンの相手とは恋愛感情があるみたいだし、上手くいってほしいのだけど……とにかく問題はミレーヌだった。




 それから一週間ほどが経った。あと三日でルイーズ様と室長が戻ってくる。そう思うと心が落ち着かなくなった。あれから一度、実家に帰ったけれど、相変わらずミレーヌがジョセフ様に付き纏っていた。父に外聞が悪いと言うと注意すると言ったのは意外だった。何時もなら余計なことを言うなと言われて終わるだけだったのに。それだけ父も焦っているのだろう。ここでミレーヌのせいで破談になれば、ミレーヌの結婚は絶望的だ。

(全く、さっさと嫁がせてしまえばよかったのよ)

 ミレーヌから手紙が届いたのは昨夕だった。何かと思えばジョセフ様の件だ。好きになったから譲ってほしいだの何だのと書かれた手紙は、字が下手で文面もなっていない。欲しければ好きにしろと思うけれど、手紙一つもまともにかけない妹に頭が痛い。一晩経って再び手紙が視界に入り、苛々が復活した。職場に向かう道を歩きながらも、父とミレーヌへの悪態は止まらなかった。

「シャリエ伯爵令嬢!」

 職場に向かう回廊を進んでいると、突然名を呼ばれた。声の主は私と同じか少し下くらいの令嬢だった。確か彼女は……

「お待ちください、シャリエ伯爵令嬢!」
「……何でしょうか、ジュベル伯爵令嬢」

 立ち止まると慌ただしく駆けてきた。令嬢たるもの走るとはどういうことだと思うけれど、大きな声で名を呼ぶ時点でマナー違反だったなと頭は冷静だった。時間がないから手短に願いたいのだけど……この手の相手が常識を持っていると期待出来た例がない。

「フィ、フィルマン様のことでお話がありますの。少しよろしくて?」

 当然のように時間を作れという態度に、さっきの苛々がまたぶり返してきた。こちらは文官用の制服姿なのだから、見ればわかりそうなものなのに。

「これから仕事ですの。ご用があるのでしたら事前にご連絡願います。それでは」

 こっちも時間がない。放っておこうとそのまま歩き出そうとしたら腕を掴まれた。

「ッ!」

 思った以上に強い力に嫌悪感が増した。


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