明日の朝を待っている

紺色橙

文字の大きさ
上 下
22 / 22
おまけ

リョウ『かっこよく』

しおりを挟む
 あんあん喘ぐのはカッコ悪いだろ? だから喉の奥で音を止めて、肺のすべての空気を吐き出す。


 今までは発散するためのセックスで、気持ちいいって少しの可愛げを喘ぎに乗せて、お前もだろうってその首を掴んでやればそれでよかった。それで十分だったし、目的は果たせていた。

 セックスなんてものは適当に勢いで突っ込んで、腰振って、好きなようにやってくれればそれで済むのに、瑠偉はゆっくりたっぷり時間をかける。やるほどに慣れていって、すっかりそうなってしまった。奥まで入れて、引き抜いて、止めて、また奥まで。こんなものただそれだけの動作なのに、少しずつ確かめるように体の奥まで探られる。
 初めのうち、こいつはずいぶんと俺に怪我させないかを心配していた。それが未だに続いているのかもしれない。毎度ご丁寧にぐじゅぐじゅに濡らされて、穴はこいつに合うようになっているっていうのに、未だに。

 瑠偉が入ってくると、そのまま口から空気が押し出されていくようだ。それを堪えても鼻から甘ったれた音が漏れ出て舌打ちしたくなる。こいつは俺のことをカッコいいと褒めるのに、こんなさまは少しもかっこよくない。気持ちよくてもっとしろって頼みたくなって、縋り付きたくなる。突っ込まれてりゃそれで済むはずなのに、関係ない所に触れたくなる。

「瑠偉」

 喘ぎの代わりに名前を呼ぶ。
 音はどうしても漏れてしまうから、名前に変換することにした。

「瑠偉」

 だらしなく涎を垂らしそうな顔が情けなくて見苦しいから、後ろからが良いと言う。ぎゅっと握りしめたシーツに熱を逃して、体を満たす幸福感に耐えている。




「振り付けした……あの、なんだっけ。スター……アイドルさんの動画公開、明日ですよね。楽しみだなー」
「名前分かってねぇのかよ」
「フォローはしてますけど名前はちょっと。5.6人だってことは分かってますよ!」
「5人だよ。誰だよもう一人」

 きっとなりふり構わず瑠偉のことを抱きしめて、いつものように愛を囁かれるのに笑い返したらいいんだろうとはわかっている。
 でもただ――恥ずかしくて、かっこ悪くて、情けなくて、そんな姿を見せたら俺のファンである瑠偉は嫌になるんじゃないかと怯えている。お前とのセックスが大好きだってハート散らして喘げたら、それはもう俺ではない気もする。

「……大丈夫ですよ。リョウさんが踊ってたの可愛いし、歌詞に合ってた。ちょっと切ない仕草とか女の子がしたら絶対グッとくるから」
「そーだといいけど」

 振りつけの仕事を受けるようになった。消えてなくなった緒形タカヒロの振り付けが功を奏したらしい。
 アイドルなんかは複数人だし、当然それぞれ身体能力も違う。歌割も見せ場の移動も絡んでくるから面倒くさくて、面白い。有難いことに何回か声をかけてもらえれば、それぞれの個性だって使える。自分じゃない人間をどううまく操るのか、肝心なところをどう伝えるのか。面白くて、不安がある。
 いつも動画が公開されるとき、少し怖い。ライブで披露するとなれば、更に怖い。立ち位置の忙しない移動でぶつかってしまわないか、ちゃんと見せ場で客にアピールできるのか、そもそも振りつけが受け入れられるのか――。

「おれはリョウさんっていう正解をいつも見てるから、あれ? って思うときはありますけどね。でも一生懸命踊ってるなって分かるのは応援できるし」

 声を聞きたい。安心したい。大丈夫だよとこいつは簡単に言ってくれるから、無駄にでかいその体に抱かれたい。

「ライブこなして踊り慣れてきたりすると、あー可愛いなって思います。ぎこちない所が抜けて、振りに合わせて愛嬌振りまいてるのとか」

 寝るのだというふりをして、後ろから回ってくる腕を捕まえる。居場所を整えるように動いて、下着しか身につけていない素肌に背中をつけた。
 運動・・していたもんだから体温は上がっていて暑苦しさはあるけれど、こもる熱が自分のものか相手のものかもわからない。

「大丈夫ですよ。――楽しみ。いつも、リョウさんがやることほんとに楽しみなんですよ」

 瑠偉は本当によく喋る。聞かなくても喋ってくれる。勝手に魅力を探して話して教えてくれる。

 最近こいつは動画を投稿するようになった。一曲通して踊ったのを撮影して前後の要らないところを切り落とし、曲名だとか俺の名前だとかを入れている。
 9割は自分のために撮っておきたいんだと言い、残りの1割は俺のことを色んな人に知ってもらうためだと言いながら、再生数が上がると頭を抱えている。広く知られてほしいけどおれだけのリョウさんでいてほしいと瑠偉は言う。何回も何回もこいつが見てんだから、再生数の99%は瑠偉だろうに。

 自分が表に出るのではなく、振り付け師としてやっていくこと。できればそれが良いんだろうと思う。ずっと踊っていたいなら、ダンスに関わっていたいなら一番いいんじゃないかと思う。まだ俺は熱に狂う舞台に立って自分の体で表現したいと思う気持ちもあるけれど、振りつけの経歴があるほうがいい。動画だって、自己紹介のようなものだ。
 瑠偉は言う。何のきっかけでリョウさんのことを知ってもらえるかわからないって。
 自分のことを諦めるわけじゃない。諦めないために、自分以外の人間を使うことで新しいダンスにチャレンジできたらいいと思う。この世界でやっていくためにも自分の成長のためにも、それが良いことだろう。

 満足している。でも不安がある。そんな時にこいつを誘う。ただ抱きしめてほしいなんて可愛いことは言えやしない。だから「すっきりしたいだけだ」って誘うのに、瑠偉は――。
 ばれてんのかな。年下のくせに。毎度毎度何かある度に甘えてるって、ばれてんのかも。

 もっとかっこよくいなきゃなぁ。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

モルト
2021.05.01 モルト

連載お疲れ様でした!
始め主人公が何時間も数秒の動画見たり、一瞬のために探し当てたりしてるのを「ヤバいやつじゃん」と思って読んでました笑 でもファンレターを悩んで書いたり、リョウさんの為に部屋を整えたりしている姿で好きを伝える表現するの方法が分からなかっただけなのかなーっと自己解釈しました。

交わった後にもリョウさんは1度も主人公に「好き」とは言っていなくて、本心が分からないのがいいなと思いました。またセックスを良かったじゃなくて「悪くなかった」ていう辺りがリョウさんの性格を表していて上手だなあって思いました。

長文な上に読みづらくてすみません🙇‍♀️

紺色橙
2021.05.01 紺色橙

あれ? 結構オタクあるあるだと思ってたんだけどな!?
一線引かないオタクはやばいってのは確かです。
そして瑠偉はオタクなので軽率に好きも叫びます。

この話既に一つおまけがあるので、読んだらあれー?ってなるかもしれません。どうでしょう。

解除

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー 蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。 下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。 蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。 少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。 ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。 一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。