68 / 158
エピローグ
エピローグ②
しおりを挟む
「自炊? するの? 亮弥くん」
「その、したいな、って話で……。でも料理とか全くわからなくて」
今日は週末デートの日。
汐留で定食ランチを食べていたら、亮弥くんが切り出した。
「姉の彼氏が、なんていうかすごい……、チャラいっていうか、軽いっていうか……、なんかそういう人なんですよ」
急に何を言い始めたのかと、ちょっと笑いそうになった。
「そうなんだ」
「でもその人、料理上手いらしくて、休日とかちゃんと料理してるって聞いて、すごいなと。単純だけど、案外しっかりした人なのかも? とか思っちゃって……」
「確かに自炊できる男の人って印象良いね」
「やっぱり!? 俺もそう感じて、やっぱり自炊くらいできたほうが良いなって思って……。でも、何からやればいいかわからなくて、まだ何もできてないんです」
「そっか……」
亮弥くんは料理できない派なのか。
「優子さんは、その……、自炊とか……」
その控えめな聞き方に、私が料理ができない可能性が多分に含まれていて、ちょっと心外であると同時に、亮弥くんの細やかな気配りに感心した。
「亮弥くん、私が料理できないと思ってるでしょ」
「そ、そんなことは……!」
「料理ができないから独身なんだと思ってるでしょ」
「思ってないです!」
必死で手を左右に振る亮弥くん。たまにこうしてからかうと面白い。
「まあ、SNS映えするような華やかな料理はできないけど、普通の家庭料理なら、ひととおりできるよ」
「マジっすか」
一瞬目を見開いて、すぐにアッという顔になったのを見て、私はやっぱりと思って笑ってしまった。
「スミマセン……、いや、優子さんがこの上料理上手だったら、もう本当に、非の打ち所がないと思って……」
「非の打ち所はたくさんあるよ。それで、何が作れるようになりたいの?」
「なんだろう……。何が簡単なのかも何もわからないんですよね……。ハンバーグとか?」
「ハンバーグはけっこう手間暇かかるかな」
「えっ、そうなんですか? それじゃ、簡単なのは何がありますか?」
「う~ん……。お家に炊飯器はあるの?」
「あります。使ってないけど」
「それなら、まずは野菜炒めでも覚えたら? フライパン一つで作れるし、炒める順番さえ間違わなければ失敗しないだろうし」
「野菜炒めかぁ、なるほど……」
「野菜炒め一つあればご飯のおかずになるし栄養摂れるし、いいと思うよ。他にも品数が欲しければ、最初は買い足してもいいし」
「たしかに」
「よければ作り方教えてあげるけど」
「えっ……!」
キラキラした瞳がこちらを向く。
「ウチ、狭いから作業しにくいかもしれないけど、良ければ」
「えっ、優子さんちに行っていいんですか!?」
「いいよ、彼氏なんだし」
ここで亮弥くんの瞳が輝きを増したので、私は気を逸らすように付け加えた。
「いきなり私の手料理ごちそうするよりは、一緒に作って食べたほうが、気が楽だし……」
「なるほど、たしかに。優子さんそういう気が張るの、苦手ですもんね!」
亮弥くんは、オッケー、了解、という感じで頷いた。
「じゃあ再来週はそれやろっか」
「はい!」
午前中に部屋の掃除を済ませて、午後から会って、夕方に買い物して、作って、夜ごはんに食べるのでいいかな。
他にも手すきで何かもう一品作れるだろう。
目の前で嬉しそうに微笑んでいる亮弥くんを見て、私の中にまた、好きだな、という気持ちが湧き上がる。
「ね、今の話の流れとは関係ないんだけどね」
「はい」
「今さらなんだけど、聞いてほしいことがあって」
「何でしょうか」
「あのね、私、亮弥くんのこと、ちゃんと男性として……好きだよ」
一瞬、亮弥くんは呆気に取られたような顔をした。
かと思うと、その目はみるみる喜びで溢れていく。
「知ってました」
眩しく笑顔がはじけた。
「優子さんが、好きでもない相手と、わざわざ心を開いてまでつき合う理由ないじゃないですか。だから自信あったけど、優子さん自身が納得できるまではちゃんと待たなきゃと思って、待ってたんです。気持ちが固まったら、必ず教えてくれるって、わかってたから」
「亮弥くん……」
「俺、けっこう根気強いでしょ」
そう言って、無邪気な笑顔を見せる。
「でも嬉しい。やっぱり言葉で聞けると、最高ですね。ちょっともう、しばらく顔が戻らないかも。スミマセン、やばい」
頬をさすりながら言う亮弥くんを見て、私もつい口元が緩んでしまった。
「亮弥くんは根気強いよ。だからこそ、私もここまで来れた。ありがとう、好きでい続けてくれて。好きにさせてくれて――」
これからは、お互いの気持ちをできるだけ先まで繋いでいけるように、私も努力しよう。
せっかくもう一度、好きになれる人に出会えたのだから、大切にしよう。
お店を出て、ゆりかもめの駅に向かって歩き出した。
今日はこれから、会社でもらった招待券片手に、東京ビッグサイトへ展示イベントを見に行くのだ。
汐留の高いビル群が私達を見下ろしている。
そのビルの上には抜けるような秋の空が広がっている。
「ところで優子さん、気づいてないでしょ。今日、再会してちょうど一年なんです」
「えっ」
私は去年の記憶を探った。確かに、あれは秋が深まり始めた、十月の下旬だった。
「一年後にちゃんと両想いになれて、嬉しい」
亮弥くんは私の右手を取ってぐっと引き寄せた。私は驚いて亮弥くんを見上げた。
「手くらいつなぎたいって、ずーっと思ってたんですから!」
「うん、ごめんね」
体を寄せた左腕に寄りかかるようにしながら、愛おしさがこみ上げるままに指を折り曲げて亮弥くんの手を握り返す。
その瞬間、胸がドキンと鳴った。
私達の手は、なんの違和感もなくぴったり合わさった。
あまりにも自然に馴染むその手の心地よさに、なんでもっと早くこうしなかったのだろうと思いながら、新しい幸せと安心感が体中に広がっていくのを感じていた。
〈終〉
※引き続き、次ページより第2巻が始まります。
「その、したいな、って話で……。でも料理とか全くわからなくて」
今日は週末デートの日。
汐留で定食ランチを食べていたら、亮弥くんが切り出した。
「姉の彼氏が、なんていうかすごい……、チャラいっていうか、軽いっていうか……、なんかそういう人なんですよ」
急に何を言い始めたのかと、ちょっと笑いそうになった。
「そうなんだ」
「でもその人、料理上手いらしくて、休日とかちゃんと料理してるって聞いて、すごいなと。単純だけど、案外しっかりした人なのかも? とか思っちゃって……」
「確かに自炊できる男の人って印象良いね」
「やっぱり!? 俺もそう感じて、やっぱり自炊くらいできたほうが良いなって思って……。でも、何からやればいいかわからなくて、まだ何もできてないんです」
「そっか……」
亮弥くんは料理できない派なのか。
「優子さんは、その……、自炊とか……」
その控えめな聞き方に、私が料理ができない可能性が多分に含まれていて、ちょっと心外であると同時に、亮弥くんの細やかな気配りに感心した。
「亮弥くん、私が料理できないと思ってるでしょ」
「そ、そんなことは……!」
「料理ができないから独身なんだと思ってるでしょ」
「思ってないです!」
必死で手を左右に振る亮弥くん。たまにこうしてからかうと面白い。
「まあ、SNS映えするような華やかな料理はできないけど、普通の家庭料理なら、ひととおりできるよ」
「マジっすか」
一瞬目を見開いて、すぐにアッという顔になったのを見て、私はやっぱりと思って笑ってしまった。
「スミマセン……、いや、優子さんがこの上料理上手だったら、もう本当に、非の打ち所がないと思って……」
「非の打ち所はたくさんあるよ。それで、何が作れるようになりたいの?」
「なんだろう……。何が簡単なのかも何もわからないんですよね……。ハンバーグとか?」
「ハンバーグはけっこう手間暇かかるかな」
「えっ、そうなんですか? それじゃ、簡単なのは何がありますか?」
「う~ん……。お家に炊飯器はあるの?」
「あります。使ってないけど」
「それなら、まずは野菜炒めでも覚えたら? フライパン一つで作れるし、炒める順番さえ間違わなければ失敗しないだろうし」
「野菜炒めかぁ、なるほど……」
「野菜炒め一つあればご飯のおかずになるし栄養摂れるし、いいと思うよ。他にも品数が欲しければ、最初は買い足してもいいし」
「たしかに」
「よければ作り方教えてあげるけど」
「えっ……!」
キラキラした瞳がこちらを向く。
「ウチ、狭いから作業しにくいかもしれないけど、良ければ」
「えっ、優子さんちに行っていいんですか!?」
「いいよ、彼氏なんだし」
ここで亮弥くんの瞳が輝きを増したので、私は気を逸らすように付け加えた。
「いきなり私の手料理ごちそうするよりは、一緒に作って食べたほうが、気が楽だし……」
「なるほど、たしかに。優子さんそういう気が張るの、苦手ですもんね!」
亮弥くんは、オッケー、了解、という感じで頷いた。
「じゃあ再来週はそれやろっか」
「はい!」
午前中に部屋の掃除を済ませて、午後から会って、夕方に買い物して、作って、夜ごはんに食べるのでいいかな。
他にも手すきで何かもう一品作れるだろう。
目の前で嬉しそうに微笑んでいる亮弥くんを見て、私の中にまた、好きだな、という気持ちが湧き上がる。
「ね、今の話の流れとは関係ないんだけどね」
「はい」
「今さらなんだけど、聞いてほしいことがあって」
「何でしょうか」
「あのね、私、亮弥くんのこと、ちゃんと男性として……好きだよ」
一瞬、亮弥くんは呆気に取られたような顔をした。
かと思うと、その目はみるみる喜びで溢れていく。
「知ってました」
眩しく笑顔がはじけた。
「優子さんが、好きでもない相手と、わざわざ心を開いてまでつき合う理由ないじゃないですか。だから自信あったけど、優子さん自身が納得できるまではちゃんと待たなきゃと思って、待ってたんです。気持ちが固まったら、必ず教えてくれるって、わかってたから」
「亮弥くん……」
「俺、けっこう根気強いでしょ」
そう言って、無邪気な笑顔を見せる。
「でも嬉しい。やっぱり言葉で聞けると、最高ですね。ちょっともう、しばらく顔が戻らないかも。スミマセン、やばい」
頬をさすりながら言う亮弥くんを見て、私もつい口元が緩んでしまった。
「亮弥くんは根気強いよ。だからこそ、私もここまで来れた。ありがとう、好きでい続けてくれて。好きにさせてくれて――」
これからは、お互いの気持ちをできるだけ先まで繋いでいけるように、私も努力しよう。
せっかくもう一度、好きになれる人に出会えたのだから、大切にしよう。
お店を出て、ゆりかもめの駅に向かって歩き出した。
今日はこれから、会社でもらった招待券片手に、東京ビッグサイトへ展示イベントを見に行くのだ。
汐留の高いビル群が私達を見下ろしている。
そのビルの上には抜けるような秋の空が広がっている。
「ところで優子さん、気づいてないでしょ。今日、再会してちょうど一年なんです」
「えっ」
私は去年の記憶を探った。確かに、あれは秋が深まり始めた、十月の下旬だった。
「一年後にちゃんと両想いになれて、嬉しい」
亮弥くんは私の右手を取ってぐっと引き寄せた。私は驚いて亮弥くんを見上げた。
「手くらいつなぎたいって、ずーっと思ってたんですから!」
「うん、ごめんね」
体を寄せた左腕に寄りかかるようにしながら、愛おしさがこみ上げるままに指を折り曲げて亮弥くんの手を握り返す。
その瞬間、胸がドキンと鳴った。
私達の手は、なんの違和感もなくぴったり合わさった。
あまりにも自然に馴染むその手の心地よさに、なんでもっと早くこうしなかったのだろうと思いながら、新しい幸せと安心感が体中に広がっていくのを感じていた。
〈終〉
※引き続き、次ページより第2巻が始まります。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
離縁の脅威、恐怖の日々
月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。
※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。
※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる