アラフォーだから君とはムリ

天野アンジェラ

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エピローグ

エピローグ①

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 お盆明け、最初の出勤日のお昼休み。
 昼食を終えて、PCのスケジューラーで午後の予定を確認していると、愛美ちゃんが秘書室を覗きにやってきた。
「優子さん……」
 なんだかソワソワして、話を切り出したいけど切り出せないと、葛藤している様子だ。
 私達の進展が伝わっていることは亮弥くんから聞いていた。
 私は愛美ちゃんを無人の応接室に招き入れ、小声でね、と口元に人差し指を立てた。

「優子さぁぁん!」
 愛美ちゃんがいきなり抱きついてきたので、私はびっくりして少しよろけた。
「優子さん、ありがとうございます! まさか優子さんが弟を受け入れてくれるなんて……!」
「いや、逆にこっちが、私なんかで申し訳ないというか……。驚いたでしょ」
「弟の執念深さには驚きましたけど、私は最初からずっと、優子さんと弟を応援してたんで!」
「そ、そうなの?」
 亮弥くんがこの前、私達が交流していることを愛美ちゃんに話したらビックリしてたって言ってたから、さすがに年甲斐もなくてドン引きされただろうなと思っていた。
 でも、この様子なら、考え過ぎだったらしい。

「優子さん、あの、弟はあのとおり、顔だけが取り柄の人間なんですけど」
 愛美ちゃんは体を離して両手で私の手を握り、真剣な目でじっとこちらを見た。
 こうして改めて間近で見ると、少し亮弥くんと似ている。
「中身全然イケメンじゃないですけど、素直で真っすぐなヤツなんで。それだけは、姉の私が保証するので、ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします!」
 そう言って頭を下げる愛美ちゃんを見ながら、そこが何よりの取り柄だと思うよ、と、私は心の中で思った。

 思えば、私が年下との交流に拒絶心を持たなくなったきっかけは、愛美ちゃんだった。
 愛美ちゃんの真っすぐで明るくて、私が何を言っても気にせず慕ってくれるアッサリとした人柄が、私に気を許させたのだ。
 どうやらこの姉弟とは、そもそも相性が良かったらしい。
「ありがとう。せいぜい飽きられないように、がんばります」
 私も頭を下げると、そんなことがあったら私があいつシメますんで、と愛美ちゃんは笑顔で拳を握った。
 あんなにイケメンの弟がこんな年上の女に引っかかったら、普通はあまりいい気はしないだろう。
 亮弥くんの身内が愛美ちゃんで、本当に良かった。
 と思うとともに、ずーっと遡ると亮弥くんとの出会いは愛美ちゃんのおかげだったのだから、本当に愛美ちゃんには感謝しないといけない。

 家に帰ってから、ふと思い出して昔の半券ファイルを取り出した。
 そこには、これまで観た展示の半券と、ショップで買ったポストカードが順番にファイリングしてある。
 パラパラとめくって、暗闇に光を当てたようなレンブラントの絵を探し当てた。
 裏側に入った半券をずらすと、ポストカードの裏面に九年前の日付とメモが書いてある。

 "光と闇のコントラストを強く描く画家さん。モノクロ画の筆致の細かさも良かった。青山愛美ちゃんの弟、亮弥くんと"

 もう一度表の絵を見て、こんな絵柄だったっけ、としばらく考える。
 すると、その絵が展示室に飾られている光景と、隣について来るあの頃の亮弥くんが、ゆっくりと心に蘇った。
 まだ幼さを残していたあの男の子と恋愛関係になる時が来るとは、人生ってわからない。
 亮弥くんも今では、立派に大人の男性なのだ。
 そして私も、年齢差と葛藤を乗り越えて、また恋愛をする気になった。
 時の流れはあらゆるものを変えていく。
 絶対にないと思っていた未来が、来ることもあるのだ。

 それから二ヶ月が過ぎた。

 亮弥くんと会う頻度は相変わらず少ないけど、それでもつき合う前よりは少し増えた。
 週末は隔週で会うことにしたし、亮弥くんの仕事が早く終わった日は新橋辺りで一緒にごはんを食べている。
 つき合い始めのカップルにしては少ないほうだと思うけど、あまり縛られ過ぎると疲れてしまうし、亮弥くんも、まあ、今のところは合わせてくれてる。

 私は亮弥くんに対して「好き」だとはまだ一言も伝えていなかった。
 自分の気持ちにさえ懐疑的な私は、自分の中に恋愛感情の存在を確信できるまで無責任なことは言えないと思ってきたのだ。
 亮弥くんもそれを察してか、私に多くを求めては来ない。
 以前とあまり変わらない距離感で、ただただ隣に居てくれる。

 でもいよいよ、そう慎重になる必要も無くなってきたらしい。
 最近気づいたことがある。
 亮弥くんの目はアーモンド型でくっきりと幅のある二重で、光を湛えやすく目に力があるということ。
 その目力を、主張の強くない眉毛が和らげていて、優しい雰囲気にしていること。
 横顔のラインを描く額から鼻、顎までの形が、とても美しいということ。
 口角の上がった口元は、左右対照性が高く、心根の良さがにじみ出ているということ。

 普段、人の顔をあまりまじまじと見ない私は、何ヶ月も亮弥くんと向き合いながら、雰囲気でしか顔を見ていなかったらしい。
 今になって急に、次々と特徴に気づくほど長く亮弥くんに見とれているのだ。
 そして、その美しさの奥に心の純粋さが覗くたび、ああ、好きだな、と、私は何度も確認する。
 二人で混み合う電車に乗ると、他の乗客に押されて距離が近くなって、目の前に見える男らしい首筋と喉仏に、ちょっと照れたりして、そのままぎゅっと抱きついてみたくなったりしてる。
 ちゃんとときめいている。
 そのことを、亮弥くんはまだ知らない。
 だから今日、言おうと思う。
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