大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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2,014 / 2,022
外伝

彼女の文句

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短く当たり障りのない挨拶をし、パーティも寄ってくる貴族を(アベルが)適当にあしらい、よく分からないダンスのステップを周りから盗んで乗り切った彼女は、全てが終わって兵舎に着くと、膝から崩れ落ちるように倒れた。
「つ、疲れた…なんだあの空間…」
「お疲れ様です隊長。貴族の社交場、華のパーティはいかがでしたか?」
「はっ!華のパーティが聞いて呆れる。咲き乱れてるのは毒花。飛び交うのは蛾と見間違えるようなけばけばしい蝶。笑った顔の下には蛆虫が好きそうな腐った思惑が透けて見える。あんなのに次行くぐらいなら、丁重に断ってから唾吐いて、黒鎧の野郎共と飲みに行くね」
「隊長の酒癖はあまり宜しくないので、できるだけやめて頂きたいですけどね」
鼻で笑い飛ばした後、彼女の口から滝のように流れ出たのは罵倒と文句が半々になった暴言。
「オマケに俺に求婚してくるアバズレと、いえいえ私の娘こそと言って不細工な豚といい勝負の写真を持ち出す馬鹿親。断っても言い寄ってくるわ飯は食い損ねるわ、挙句『あら、思ったよりも小さくて可愛らしいですわ』だって?近くのナイフで目ん玉突いてやろうかと思ったね」
「隊長、お若いですからね。若き天才とも言われていませんでしたか?」
「公式記録なら十九だがな。ん?二十だっけ?いや十八…?酒は飲めるから十七は超えてるはず…だな。まぁ、いずれにしろ結婚適齢期だ。間違っても可愛いって感想はおかしいだろ」
「公式記録って…隊長、隠し事多いですね」
思わずアベルが顔を引き攣らせると、軽く「まぁな」と返し、倒れたまま左手を伸ばす彼女。
「ん」
「はい?」
「起こせ。疲れた。そんで部屋まで運べ」
「はぁ…僕も疲れているんですが…」
「嘘つけ。本当に疲れてたらお前はそんな事いわねぇよ。勝手に何でもかんでも抱え込んで、どうしようも無くなるまで一人で解決しようとして、失敗する直前目前で、絶望に染まりきった顔になってからようやく周りに打ち明けるような奴だ。そう嘯いてる間は割と余力のある証拠。ほれ」
「はぁ…わかりましたよ…っと」
以前、お姫様抱っこの要領で抱き上げた時は鼻っ面を叩かれ、肩に担ぎ上げた時も拳を貰ったので、おぶってみたら正解だったらしい。
「おぉ高い高い。背が高いって羨ましいねぇ」
「隊長、重いです。あと暴れないでください。服の金具が背中を抉ってます」
「ははっ、性別の事を知っておきながら重いと言うか。リアルなアイアンクローは好きかな?」
夜も更け、誰一人として通らない兵舎の夜の廊下。
昔はこの時間になっても走り回る馬鹿やら仕事で半ベソの奴がいたんだがなぁ…そう思いつつ、アベルの背中に揺られる。
「はい、着きましたよ」
「あぁ。助かった。ついでだ、着替えを手伝ってくれ──」
「嫌です。隊長、あえて言いますが、僕も男です。襲われたらどうするつもりですか」
渋い顔をするアベル、対して彼女はきょとんとした顔。
「なんだ、襲う気なのか?間違いなく返り討ちにしてやるが」
当然のようにそう言う彼女は、意味がわかっているのかどうなのか。アベルは思わず目元を覆って天井を見上げる。
と、その時、アベルは急に引き寄せられ、バランスを崩して倒れ──いや、投げられる。
「た、隊長っ!?」
こんな事をする人も出来る人も一人しかこの場にいない。跳ね起きようとした彼の上に、ついさっきまで背中にかかっていた重みが、腹の上にかかる。
視線を向ければ、真っ赤な髪と目。
「隊長──」
「だから困ったならすぐに相談しろ。お前が背負ったなら、俺が半分ぐらいなら貰ってやる」
酔っただけだ、気にするな。少ししてからそう付け足した彼女は、部屋から彼を追い出し、内側から鍵を掛けた。
「隊長…」
ガチャリ、そう鳴った音は何故か冷たくは聞こえなかった。
「やっぱり、敵わないな」
彼はそう言って、一人コツコツと足音を鳴らして部屋の前から去っていった。
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