大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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2,008 / 2,022
外伝

お披露目の場

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王都の大通りを通って大きな広場を抜け、そして王都の約半分をぐるりと回ってから一度王城に戻って王族と会食。それが終わったら少しの休憩時間の後、再びパレードをして王都の残り半分を回り、夜になると次は貴族も招いてのパーティを王城で開く。
これが彼女の今日一日のスケジュールだ。
いつもの彼女なら、適当な所で切り上げて逃げ、その後始末をアベルがする羽目になるような面倒事の類いだが、今回ばかりは逃げられない。
もっとも、その前の演説で随分とやらかしたので、人は少ないだろう。多少は楽になるか。
そう思っていた彼女だったが。
「……なぁアベル」
「はい?何ですか隊長?」
「人、多くないか?ついでに……その、なんだ。俺に向けてくる視線と歓声が思っていたベクトルと完全に真逆なんだが」
ポソポソと小さな声で周りの民衆に聞こえないように言う。
「そうですか?僕は予想通りではありましたが……隊長、口角が若干引きつってます。あと、振ってる右手が降りかけてます」
鳴り止まない歓声、期待と興奮が入り交じった熱烈な視線。
彼女が晒されているのは、未だかつて一度も受けたことのない、ある種の精神攻撃とも言える民衆の邪気のない攻撃無邪気な歓迎だった。
「なんでだよ。あんな事言われて喜ぶ馬鹿がこんなにも多いのか?それなら俺が今すぐ王様にでも神様にでもなってやるよ。十分でみんな笑顔でハッピーな国を作ってやれる」
「違いますよ。ここにいる民衆は恐らく、単純にあの場に居なかっただけでしょう。一年ものあいだ《勇者》と名だけ聞いていた人物が表舞台に現れるとなると、一目でも見たいと思うのがヒトの当然の心理です」
そこで一度言葉を切り、極上の微笑みを浮かべてアベルが手を振る。
「ですが幸か不幸か、隊長が演説をしたあの場に一般の者で入れた者は全体から見て僅かな人数でしょう。そうなると、このパレードで一目見たいと思うでしょう。加えて、自慢ではありませんが僕も《英雄》と言われてかなり持ち上げられてますからね。人気もかなりあるようですし」
「はぁん?お前が?」
「はい。緑鞭の方がこの前、非公式で僕のファンクラブがあると教えてくださったので、少なくともそういったものができる程度には人気があるようです」
確かにアベルの見た目は非常に良く、仕事も出来て収入もかなり良い。なるほど、見慣れていたが、客観的に見るならこの男にファンクラブなどが出来てもおかしくはないか。などと少女が思っていた所でアベルがこちらの視線に気づいた。
「僕ではなく周りを見てください。でないとパレードの意味がありません」
「悪い。お前っていい男なんだなと思い直してた」
「なっ、はい!?」
珍しく慌てた様子のアベルがそんな大声を出した瞬間だった。
ガダンッ、と。
馬車が急停止した。
「何事だ?」
彼女が身を乗り出し、御者に尋ねる。
「申し訳ありません《勇者》様。子供がボールを馬車の進路上に転がしてしまったようで……」
視線をアベルから離して辺りを見ると、既に大通りではなく広場の中。なるほど、子供が遠くで遊んでいたボールがなにかの拍子にこちらへ飛んできてしまったらしい。
「すぐにまた動きますので気にせず────」
御者は彼女の方を振り返ったまま、言葉を不自然に途切れさせた。
何故か。理由は簡単だ。
突如炸裂したボールの中から大量の鉄片が撒き散らされ、それが御者の身体をズタボロに引き裂いたからだ。
「なっ!?」
直後、歓声は悲鳴に。視線は熱烈な興奮から強烈な恐怖へ。
「敵襲だと!?王都のど真ん中だぞ!?」
そう叫ぶ彼女の元へ、何十人もの黒い人影が走り寄る──!!
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