大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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2,004 / 2,022
外伝

開発部長への用事

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物置よりも雑然とした部屋で、最初に目に付いたのは膨大な量の紙。
うずたかく積まれた膨大な量の書類。赤髪の少女の背丈よりも高い紙の山が、大きく頑丈そうな机の上に山脈を築いていた。
そしてその中央、机の上に突っ伏して寝る一人の男。
顔はよく見えないが、年季が入ってかなりくたびれた白衣とそこからわずかに見えるしわくちゃの手、長く伸びた髪は黄ばんだ白。随分と年寄りのように見えた。
「はぁ……」
男の豪快ないびきに、彼女がため息をついて白髪の男の近くに寄り、軽く後頭部を二三度叩く。
「ちょっ、隊長!?」
「チッ、起きねぇか」
アベルが彼女を止めようとするが、それを無視して彼女は拳を作る。
「隊長、それは流石にまず──」
ゴヂッ。
随分と痛そうな音がアベルの言葉を遮り、男の後頭部に突き刺さる。
が、男のいびきは止まらず、起きる気配もない。
「仕方ない、おいアベル。お前、何か火をおこす魔導具アイテム無いか?」
発火具ライターならありますが…何をするんですか?」
アベルがそういった途端、勝手にアベルの胸ポケットから彼女が勝手にライターをくすねる。
「………。」
「そりゃお前、ライターでやることって言ったら一つだろ」
そう言って彼女は──蝋燭のように細い炎を、躊躇いもなく男の髪に移した。
「たっ、隊長!?」
「──あっづぁ!?なんじゃあ!?」
男がはね起き、その拍子に書類山脈に衝突。大崩壊したが、幸いにも燃え広がることは無かった。
しかし炎は男の頭の上で依然燃えており、危険な事に変わりはない。
「くっ!?儂の頭が燃えとる!?今日は火薬にも油にも触れとらんぞ!?」
と言って腰元から水筒のようなものを取り出し、頭からかぶる。
途端に不自然なほど早く炎が消え、代わりに男の髪や目端に霜が降り始める。
「さっぶ……いかん……暖房器具ヒーターはどこに埋まっとったかの……」
「確かこれですよね?カインディア開発部長」
「おぉ、そうじゃそうじゃ。助かったわい」
彼女がゴミの山からひょいと左腕一本で引き上げたヒーターを男──カインディアに渡す。
「ん?おぉ、お前さんか。いつぶりじゃ?」
ここでようやく男は彼女に気づいたらしい。
しゃがれた声の男は予想通りかなりの高齢のようで、顔中に大樹の年輪のようなシワが刻まれており、多少燃えたにしてもかなりの量の白髪と、それと同色の髭は、長い間この開発部から出ていないであろう事を窺わせた。
「お久しぶりです。開発部長。一年前、機人の都市から鹵獲した銀の大剣の事、覚えていらっしゃいますか?」
敬語など滅多に使わない彼女が、この老人に敬語を使ったことにアベルが驚いている間に話は進む。
「おぉ、覚えておるよ。儂がお前さんとの約束を忘れる訳がなかろう?常備薬の時間は忘れるがな」
豪快に笑う老人が放り投げてきたものは無骨な鉄色の塊──否。
「これは……義手ですか?」
アベルが驚きながらそう言ったのも無理はない。
驚く程に細かい造形のそれは、まるで生きた人間の腕から取り外して型をとったような、ある種、鉄の芸術と呼べるような物だったからだ。
「おうよ、金髪もやしのあんちゃん。まだ試作品じゃがな。それでもとりあえずは明日に間に合うじゃろ?」
「知っていらっしゃったのですか。当事者の私でもついさっき知ったのですが」
「儂は色んなところに顔が効くからな。それより、つけ方は分かるか?」
「彼に教えてやってください。私は……何となく分かりますので」
「ほぉう…?わかった。それと、そいつは試作品だ。着け心地を三百文字以内でレポートしてくれ。重さは少し弄って軽くしてあるが、それでも重かったりするだろうからな…聞いとるか?」
カインディアの言葉を無視して、少女はコートを脱ぎ、その場で新しい右腕を装着し始める。
「よく知らんが、お披露目の場なんだろう?なら、こういうものがなきゃ不味いだろ」
ややぎこちないながらも右手を開閉しながら彼女はそう言った。
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