大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

聖女と秘継ぎ

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剣に《聖女》の力を封じる?
どうやって?と聞こうとして、口を開いた瞬間舌を噛みかけ、仕方なく口を閉じる。
「方法は……後で言う。もう今の《聖女》は限界だ。明日死ぬって言われても信じる。延命もほとんど意味が無いし、事態は一刻を争う。頼む。貸してくれ」
そう言われても答えられない。仕方なく背中に文字を書いてやろうとすると、《勇者》が気持ちの悪い声を上げ、俺の脇腹を思い切り殴ってきた。
「殺すぞ」
クソが、つっても喋れねぇだろうが。仕方なくマキナを一欠片《勇者》の耳にねじ込み、俺の手元にもマキナを出し、そこに書いた言葉をマキナに喋らせることで意思の疎通を謀る。
『何故金剣銀剣なんだ?』
「器がそれしかない。他のヒトに移し替えても恐らく三日は持たない。《聖女》に適性のある者は教会が集めていたんだが……ついこの前、おそらくシステナの手によって適性をなくされていた」
《聖女》の適性というのが正直よく分からないが、要は次の《聖女》を失った訳だな。
「となると、もう後は《聖女》の力に耐えられる器に力を移すしか無いんだが、当然私達には移せない。もう《勇者》の力が入ってる」
神の力というのは、本来ヒトが耐えられるものでは無い。
だから《王》は自分の力を受け取れる器を子を成すことによって形作り、《勇者》はゼロから生み出される。それは《魔王》も同じようなものだった。
《聖女》だけがヒトを器とし、そこに力を与える。だからこんなに歪なのだ。その辺に理由があるのだろうか。
「だが、アンタの持ってるソレは違う。神の力の受け皿として作られ、敗北し、入れられた力をグルーマルが取り上げた。今そこにある力はせいぜいその絞りカスみたいなものだ。空っぽの器に溢れんばかりの力。《聖女》の力を移すとしたら、そこしかない」
『理屈は分かった。どうやって移す?』
「そこは私じゃなくて神殿のジジイ共に聞いてくれ。私にはわからん。だが、《聖女》に一番張り付いて執着した奴らだ。五十年程度の時間で、自力で神の力に気づいた奴らだからな。下手をすれば力を与えた神より詳しいかもしれん」
「なっ!?」
その言葉に思わず口を開き、タイミングよく《勇者》が思い切り飛んだ。
「っ~~~~~~~!?」
「……噛んで無いか?大丈夫か?」
《勇者》がそう心配する程大きくガチンと歯が鳴った。舌は噛んでないが、今ので顎を少し痛めた。軽く摩って『平気だ』と伝える。
神の力に気づくには、《聖女》や《勇者》など、その言葉の意味を真に理解する必要がある。
つまり、神が掛けた世界への理を知る事が出来ている状態。
仮に狭間の子や三神の話、世界神オルドの話をそこらのヒトに話しても認識出来ないように、神の力という物も認識ができないはず。
それをどうやってか突破し、その力を理解して利用しようとしているのがヒトだと言うのが、俺には信じられなかった。
「ほら、降りろ」
二度尻を叩かれ、軽く屈まれたので降りる。
「うぇ……」
「どうした?」
「いや、何でも」
案内されたのは神殿の裏口……とでも言うべきなのだろうか。以前ヴァルクスに案内された所とは別らしく、形や周りの様子から見るに、神殿の真後ろのようだ。
散々肩をねじ込まれた腹をさすりつつ、《勇者》に案内されるがまま中に入る。
「……そういや、連と理は?」
「持ってるに決まってんだろ。龍人種ドラゴニアンのお膝元じゃ出せねぇが」
と言っても、見つからなければ問題は無い。王都はどこで見つかってもおかしくないから出さなかっただけ。
だが、神殿の中となると、大貴族である龍人種ドラゴニアンの目からも逃れられるだろう。
「そうか」
《勇者》は俺の回答に対しそれだけ言い、黙々と進み続ける。
俺としてもこいつに特に話すことがある訳では無いし、何なら嫌いなので話す時間か無い方が楽。
階段を降り、幾つか角を曲がり、階段を登りと、あちこちへ行った先で《勇者》が扉を開く。
「……連れてきた」
聖学の自室と同じぐらいの部屋に、二人の男が居た。
一人は顔中シワまみれの爺さん。幾つかは分からないが、顔に活気が感じられる。杖をついているが、まだ死にそうにないな。
もう一人はおっさん。彫りが深い厳つい顔だが、雰囲気が何となく柔らかい。見た目程厳しい人じゃないんだろうな。
「おぉ、あなたが」
と言って爺さんの方が立ち上がり、一礼をする。
「初めまして。私はエルノー・リザ……」
「悪い、アンタらの名前はなんでもいいんだ。聖女サマがヤバいってんなら力を貸す。どうしたらいい?」
言葉を遮りそう言う。
「……分かりました。それではこちらにどうぞ」
と言って、爺さんが何も無い空間を押すと、そのまま開く。
「隠し扉だよ」
《勇者》が事も無げにそう言う。
扉の向こうには広い部屋と布に遮られた大きな天蓋付きのベッド。
うっすらと影が透けて見えるその向こうには、少女の人影が見える。
「っ!!」
焦って布をどかそうと手を伸ばすと、おっさんの方が俺の手首を掴んで止める。
「強力な攻性障壁が掛けてあります。これを」
と言って木製の札を手渡される。受け取ると思ったより重い。中に金属が入っているようだ。
改めて布を退かすと、聖女サマが仰向けになって、静かに寝ていた。
いつもは派手では無いが細かく精緻な金の刺繍が至る所にされた服や、形だけは鎧のような、しかし実用性はほぼ無い見せるだけの鎧と言った、言ってしまえば作られた《聖女》としての姿ばかりだったが、今回は違う。
高価なのかもしれないが、寝やすいように、体が楽なように。飾り立てはしない、無防備で、年相応な少女の姿がそこにあった。
だが、その様子は普通では無い。
目を閉じ意識が無いであろうに小刻みに震え、身体をぎゅっと丸め縮こまっている。明らかに異常なのは素人が一目見ても分かる。
顔の前で手を振っても反応は無い。
「おい」
声を掛けても反応は無い。
頬に触れると、明らかに人肌の温度より高い。前にアーネが熱を出した時よりも高いだろう。
「……!!」
「ご覧の通りです。《聖女》という器の中から溢れ、外へ出ようとする力を彼女自身が受け止めている状態です。放ってしまえば結界が消えてしまう。そう理解しているからこそ、必死に止めているのでしょう」
「………。」
静かに手を離し、自身の手を握りしめる。
「俺の剣に《聖女》の力を移すって言ってたな。やれんのか?」
「はい。それは私めが」
と言って出てきたのはおっさんの方。
「やり方は?」
「まずレィア様の連と理をお借りし、状態を見極めませんと……」
なんだそれ。よく分からないが、舌打ちして首から金剣銀剣を千切って放る。
キン、と金属の音が空中で響き、三本の剣が何かしらの石で出来ているであろう床に綺麗に突き刺さる。
「これが……?」
「銀の方が連。金の方が理だ」
触れても構わないぞと顎でしゃくると、おっさんは銀剣の方に触れ、抜こうとして諦め、金剣の方に触れ、前につんのめって倒れる。
「……怪我すんなよ。斬れ味は尋常じゃねぇから」
「知っておりますとも。えぇ。しかし……失礼ですが、今の契約者はレィア様でお間違いない?」
「あぁ。再契約の時に今の形になった」
そう言うと、おっさんと爺さんの様子が少し変わる。
おっさんの視線が俺と爺さんを素早く何度も行き来し、爺さんは一瞬だが強く俺を……いや、俺の後ろの《勇者》だろうか。ともかく一瞬だけ、強く睨んだ気がした。
「レィア様。不躾で申し訳ないのですが──」
「あ?」
爺さんの方が口を開き。
「その剣、どちからだけで構いません。私共へ譲っていただけませぬか」
「あぁ?」
そう言った。
その時の俺の顔が余程良くない顔をしていたのだろう。おっさんの方が慌てて釈明をする。
「わ、私共はあなたの持っている連と理が再契約ではなく仮契約で持っていると聞いていたのです。なので器にしても問題ないと──」
「俺が持ってても問題ねぇだろ。器にゃ代わりねぇ。出来るのか?出来ないのか?」
「それは……」
「可能かどうかと聞かれれば、可能でしょうな」
爺さんの方が口を開く。
「しかし、それはあなたが《聖女》の力を持つということ。その意味がお分かりですか?」
「あぁん?」
そう言われ、少しだけ考え、すぐに至る。
「あぁ、俺に《聖女》になれって?」
「そうなりますね」
馬鹿らしい。鼻で笑って真顔になる。
あぁそうか。そうなるのか。
「あなたが仮契約だったのなら、私共が管理していても問題はなかった。もちろん、本来の所有者が死に、誰のものでもなかった状態でも良かった。ただ、正式に契約されているのなら、その剣はあなたの物であり、その力はあなたのものだ。そうなると、《聖女》の力もあなたのものになる」
「で、《聖女》は教会が管理しなければ、ってか?」
「そんな事は言いませんとも。教会は《聖女》を守るためにあるのですから」
そう言っておいて、実際はやはり管理なのだろうな。
はぁと溜息をつき、舌打ちをして頭を掻き、苛立たしげに男二人の顔を見てもう一度舌打ちをする。
が、最後に聖女サマの顔を見て、渋々ながら金剣に手をかける。
「どっちかでいいんだな?なら金剣──理だ」
そう言うと、おっさんと爺さんの顔が明らかに喜びに染まる。
「い、良いのですか?本当に?」
「良かねぇよ。正直に言うなら嫌だよ。他の方法探してぇよ。だが時間が無い」
方や俺が最初に譲り受け、最早半身とも言える銀剣。
方や俺の育ての親の形見で、それを受け継いだ金剣。
どちらも絶対に誰の手にも渡したくないが、《聖女》が持つならこんな重い双剣より、身軽になれる金の大剣の方が良いだろう。
「だが本当に出来るんだな?《聖女》を救えるんだな?」
「勿論ですとも。では早速再契約を……あぁですが、今は新しい《聖女》に該当する者がおりません。一度私に契約していただいて、その後私が新しい《聖女》に引き継ぐという形でも良いですかな?」
「あ?何言ってんだ。居んだろ。ここに。フライナ・シグナリムが《聖女》じゃ不味いのかよ」
「それでも良いのですが……彼女はよく《聖女》としてやってくれました。その任を解いても良いでしょう」
「───………。」
あぁそうか。
聖女サマは……フライナは元々ただの女の子だったんだ。
だから、力を失って、元に戻ってもいいのか。
「そうか、わかった。ただし再契約は後。先に剣へ力を移してからだ」
「しかしそれでは……」
「間違っても持ち逃げなんてしねぇよ。もし気になるんなら、ソイツに言っとけ。不審なことしたら殺せってな」
「馬鹿。それだと再契約出来ないだろ」
「なら手足切り落としでもすりゃいい。得意だろ?」
「好きじゃないがな」
と肩を竦めて《勇者》が言う。
「ま、そういう訳だ。早くしろ」
そうおっさんに言うと、爺さんの方が「分かりました」と答え、おっさんの方へ目配せする。
「それでは……《秘継ぎの儀》を始めます」
と言い、おっさんが金剣に手を触れ、何か呟き始める。
「三神の神々に願い奉る──」
詠唱か。
他の言葉の端々は聞き取れるが、聞きとった所で理解が出来ない。いつもならシャルが解説してくれるのだが、こんな夜更けだし、もう居ないらしい。
適当に聞き流していると、次いで聖女サマの方へ手を伸ばし、何かを掴むような仕草をする。
その瞬間、聖女サマの目が突如見開かれ、悲鳴が上がる。
「あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「なんっ!?」
「落ち着いてください。あれも必要なのです」
本当に?いや、本当だとしても、必要だとしても。
「明らかにおかしいだろ。あれじゃ死んじまうぞ」
どういう状況で、どうしてああなっているのかは分からない。だが、ベッドの上でガクガクと小刻みに震え、白目を剥いてシーツをキツく握るその姿が異常なのは明らか。
「おい止めろ!」
その言葉でさえ、少し離れたおっさんに届いたかどうか。部屋に響く聖女サマの声に掻き消される。
「いけません。今、彼女の身体に定着している《聖女》の力を剥がしている真っ最中なのです。邪魔をすれば、大きくなった力が壊れかけの器に再度押し込まれ、彼女は今度こそ死にます」
「だとしてもっ!!」
あんな悲鳴を上げて、あんな苦しそうにして。
そういうのを俺は救いたかったんじゃないのかよ。
ぐっ……ぐぐっ……と少しづつ持ち上がるおっさんの手に比例して、聖女サマの身体はさらに悲鳴をあげる。震えは大きくなり、白いシーツには血が滲む。目からは涙ではなく血が溢れ、それでもなお終わる気配は無い。
「……ッ!!《聖女》を救うんじゃなかったのかよ!?」
「えぇ。もちろんその為です」
爺さんは顔色一つ変えずにそう言って、続けてこう言った。
「ですがそれはフライナ・シグナリムである必要は無い」
それを聞いた瞬間、身体を動かした。走って銀剣の元へ──行こうとして、激痛に転ぶ。
「あ──?」
「不審なことしたらやれって言ったの、アンタだぜ?」
視線を痛みの元へやると、右の腿に長剣が突き刺さり、そのまま地面へ縫い止めていた。
「お前ッ」
「今《聖女》の力を失うのは不味い。あともう暫く持てばいいんだが……それも難しそうだし、だったらこうするしかないだろ?」
しくじった。嵌められた。
「再契約しねぇぞ!!」
「それでも今《聖女》の力を失うよりかはいくらかマシさ。再契約も……まぁ、私はどうでもいいが、欲しいヤツがいるなら、アンタが死んだ後に契約するってのも一つの手じゃないの?」
《勇者》は今結界が無くならなければ。
この爺さん達は最終的に《聖女》の力が込められた理が手に入れば。
その目標に対し、フライナ・シグナリムの生存は含まれていないし、必要事項でもない。
「そういう、事かよ……!!」
ふざけやがって。
ちょっとでも気を抜いた方が悪いと言うのはその通りだが、だからと言って俺のこの気持ちが収まる訳では無い。
理解と納得は似ているが別の物だ。
故に《勇者》の行動に理解は示すが、俺の心は納得していない。
「テメェら全員クソだ。《聖女》しか見てねぇ。たかがヒト一人すら救えねぇゴミだ」
長剣を引き抜き、立ち上がる。
爺さんが警戒して二歩程下がるが、《勇者》は俺の行動より自身の行動の方が確実に先手を取れると理解しているので、腕を組んで俺を眺めている。
「一人の犠牲で万人が助かるなら安いだろう?」
「目の前の一人も救えねぇ奴が、見もしねぇ万人を救えるかよ」
「詭弁だな」
「理想だよ」
「なら叶わないな」
「追うことを辞めたら、届くモンも届かんさ」
足が痛む。それでも踏ん張る。
剣を、俺を知らない爺さんが射程外から脅える。
剣を、俺を知る《勇者》が射程外の剣を冷ややかに眺める。
その油断が全てを壊した。
「《始眼》」
目に映る全てに無数の線が引かれる。
その中の一つに狙いを定め、剣を横に振る。
「俺に脅しか?あるいはふざけてるのか?」
《勇者》の顔には余裕が見える。足のダメージはデカい。簡単に止血はしてあるが、これでコイツと戦闘とれば、確実に秒でやられる。
「いんや、ただ切っただけだよ」
「空をか?お上手だな」
鼻で笑ってそう言う《勇者》に、俺も鼻で笑い返して答える。

「──は?」
直後、俺が空を斬ったその軌跡から、白く細い指が生える。
「なんっ!?」
そして、そこがこじ開けられるように、ガバッと指によって開かれ、中からそれが姿を現す。
「よくやった。後で褒美をやる」
「だったら今くれ。足の治療だ」
そこから出てきたそいつは、俺の足を一瞥し、蹴り飛ばす。
「痛っ!?」
「治した。これで良いな」
そう言って、そいつは一瞬だけシステナの方を見、すぐに爺さんの方を向く。
「よくもまぁ信仰をここまで腐らせたものじゃな。貴様が原因……いや、貴様だけが原因という訳ではないのだろうが」
そう言って爺さんの方へとひたひた歩く。
「貴様、誰だ!?名を名乗れ!!」
「ほう?不遜にも余に名乗らせるか。だが良い。今宵ばかりは許そう」
爺さんの言葉に対し、背の小さい、蜂蜜を溶かしたような金の髪を持った少女はこう言った。
「システナ。余は三神が一柱、システナ。頭を垂れよ」
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