大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

女神と勇者

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何故こんな夜更けに。何故今まで姿も気配も探せなかった奴がここに。
「……何用だ、システナ」
「会って早々その顔とその言葉か。貴様、《勇者》でなければ今頃殺しておるぞ。それに、先に問いかけたのは余の方だ。答えよ」
舌打ちをし、それに対してシステナが眉をひそめたのを見た上で無視して答える。
「……魔獣の進行が無い。そんで、《魔王》が目覚めてる。《魔王》が魔獣の装置を弄って、戦力を集めて後から攻めてくる可能性が高いから、一旦聖女サマに報告を──」
「出来んぞ」
くぁ、と欠伸をしながらシステナが遮る。
「何をされようと、どうしようと、あの女にはもうどうすることも出来ん」
「結界を強めてくれって話じゃない。英雄を各地に置いたり、警戒を強めてくれるだけでいい。あとはギルドに繋がりがあるなら、結界の外への魔獣討伐を多めに依頼してもらう。それだけで時間が稼げるはずだ」
「言っておろう。出来んと。そもそも時間を稼いでどうなる?」
「その間に俺が《魔王》を倒す」
そう言うと、システナは鼻で笑った。
「場所を移す。ここでは良くない」
俺が何か反応する前に、景色がブレる。
「んおっ」
と言い切る頃には既に別の場所。以前見た長距離移動の魔法……だろうか。それとも少し違う気がするが。
窓も無ければ扉もない、完全に孤立した個室。
大理石のような石で四方を囲まれ、天井も床も同じ材質。
「……どこだここ」
「気にするな。それと、特別に座る事を許す。曲がりなりにも貴様はヴェナム兄様の血を、肉を使って作られた。もてなしは出来んが、とりあえずは対等に扱ってやる」
そう言って、この部屋に唯一ある椅子とテーブルのセットにシステナが座り、次いで俺がその対面に腰掛ける。
「まず最初に。結界を強めるのは無理だ。余が力を貸せば出来るが、それは断る。余の目的を忘れた訳ではあるまい?」
システナの目的。
力の回収。分け与えさせられた《聖女》という力を自分に戻し、元々居た場所へ戻る事が彼女の目的。
加えて、今現在ヒトの生活圏を覆っている結界の撤去も目的に追加されている。これをこのまま続けていれば、どの道ヒトは滅ぶらしい。
システナからしたら、魔獣に襲われてヒトが打撃を受けても困るし、結界があっても困るという状況。
ならば、結界が壊されてから処理してもどうとでもなる、とでも思っているのだろうか。
「じゃあせめてギルドの方に討伐依頼を多めにかけとくぐらいは」
「余自体に今の教会との繋がりは無い。どうも出来ん」
「聖女サマに言うのは」
「出来ん。余も近づくのが面倒になるほど警戒されておる。まして今の状態ではな」
「さてはお前、あの後何度か聖女サマを自力で殺そうとしたな?」
聖女を殺せと俺に、さらには英雄にまで持ちかけたのだ。それで警戒されているのは分かる。実際ブチ切れた英雄がシステナを追いかけて、聖学まで来たということもあった。
それを軽くあしらったのはこの目で見たが、流石に警備がガチガチの教会ではそうもいかないようだ。
少なくとも、自分で自分のことを神の絞りカスとまで評しておきながら、英雄など歯牙にもかけない力を持った彼女が、教会の守りが面倒だと認める程度には。
「阿呆。しとらんわ」
「え?」
どうやら違うらしい。
「貴様、考えてみろ。聖女は仮にも余の一部。それを自分で殺すというのは自殺と同義だ」
「でもお前、俺達に殺せってけしかけてたじゃん」
「自分の手で自分の首を絞めて死ぬのと、縄を置いて首を吊るのとではどちらが容易いかは分かるであろう?つまりはそういう事だ」
出来なくは無いが、限り無く難しい。そういう事か。
ん、じゃあ祭りで警戒が強まってるとかそう言うことか?
「それに……あぁ、そうか、貴様らはあの南の果てに居る故知らんのか」
「何が?」
「ここ最近、聖女は表に姿を現していない」
「……何があった?」
そう聞くと、やっぱりかと言わんばかりにシステナが嫌な笑みを浮かべる。
「そうか、そうか。何、簡単な話だ。覚えているだろう?以前会った時の事を。結界の寿命の事を」
「忘れるかよ。もう時間が無いってのは」
「その皺寄せがもう来ておる。それを《聖女》が負担しておった」
………は?
「奴、天才じゃぞ。余が言うのも癪だが、文字通りの天から与えられた身体を持っておる。《聖女》の力への適応が異様に高い。でなければ、そもそもこれだけの年月身体が保っておらんわ」
溜息じみた答えに、俺は確かにと《聖女》と言うものを振り返る。
最初の聖女が二十五年で死んだ。次がその半分。その次がさらにその半分となっていた。《聖女》の力は受け継ぐ度にその力を増す。先代先々代の力を足して、上乗せしているからだ。
そんなもの、ただのヒトが耐えられるのか。もちろん耐えられない。だから寿命を大きく削っているのだ。
なら、四代目のフライナもさらにその半分、年月にしておよそ三年から四年で死んでいるのが普通のはず。
なのに、彼女はその倍生きている。
「偶然かどうかは分からぬがな。とは言え、その天賦の才を持つ身体も、もうガタが来ておる。表には出ず、今頃大神殿の一番奥で、必死の延命を受けながら結界を張っているのだろう」
「──は」
なんだよそれ。
ヒトはもうギリギリどころじゃない。
コップ一杯に水が入っていて、そこに少しずつコインを入れ、水が溢れたら負け、というチキンレースがある。
今の状況は、コップの水聖女の結界がもう溢れ壊れそうなのに、そこに今から大量のコイン魔王の軍勢が来ようとしている状態だ。
これがただのゲームなら良かったが、そうもいかない。しかも放っておいたら聖女サマが死ぬオマケ仕様。
「……保ってどのぐらいだ?」
「さて。余も直に見た訳では無いのでな。とは言え最初に会った時、少なくとも表向きは何ともなかった者が一年程度で姿を現さ無くなる程には悪化した訳だ。もう数ヶ月か数週間か。数日かもしれんな」
「………。」
話を聞く限りだと、聖女サマは結界を張り続け、その上で結界が周囲へ与える負担を軽くするために聖女サマ本人の負担が増え、倒れたという事だろう。
「どうすればいいんだよ……こんなの」
「今の所、結界自体は問題なく機能している。余としては放っておけば遠くないうちに聖女が死ぬ。あとは近くでその力を回収すれば良いと言う訳だな」
ふぅ、と一息つき、深く椅子に腰掛けるシステナ。
一方俺は肘をつき、額を押さえ、テーブルの一点をじっと見つめ、どうすれば良いのかとずっと考えていた。
出来ることなら、一番いいのは《魔王》を今すぐ倒すこと。
だが現実問題、それを即座にするのは難しい。相手がどこにいるのかも不明。どれだけ急いでもひと月は欲しい。それで間に合うのか。
次点で良い方法が《聖女》の力をシステナに返すこと。だが、それをすればコイツは結界を張らずに帰るだろう。聖女サマ……というより、システナは助かるかもしれないが、それだけだ。
だからといってそのまま待っていても、ジリジリと聖女サマの死期が来るだけ。
どうする。どうすれば。
「──なぁ、システナ」
「様を付けろ。不敬だ」
不機嫌そうなその言葉を無視し、額を押さえた体勢のまま、言葉を続ける。
「お前、なんで俺に声を掛けてきたんだ?」
その言葉は、最初に聞いた質問と意味は同じ。
それは苦し紛れの、今直面している問題から逃げようと思って口を突いた、言ってしまえば意味の無い問いかけだった。
だが、その言葉が言葉として現れ、形を持ち、意味を問うた瞬間、突然迷い道の脇に別の道を見つけたような、そんな気付きに焦点が合った。
「……お前、なんで俺に声を掛けたんだ?」
三度目の問いかけ。今度は二度目と全く同じ。
けれど、意図は違った。
意味の無い問いかけが意味を持ち、初めに意図した問いとは異なる威力を持つ。
疑問。諦念。確信。
システナは何かを隠している。
「この時間、お前確か寝てるだろ。夜が耽ける前にいっつも寝てたし。さっきも欠伸してたし。眠いのに、何でわざわざ俺と話に来た?」
「兄様に近しい存在に気を割くのが妹として悪いのか?」
小さな疑問。
放っておけば聖女サマは死ぬし、俺は聖女サマに会えないし、こいつが俺に話しかける理由がない。
「悪いとは思わねぇよ。ただシンプルにって思っただけだ」
神が全てそうなのか、システナ個人がそうなのか……恐らく後者ではあるが、こいつは兎に角合理的だ。
理由の無いことはしないし、意味の無い事はやらない。
接触して来たからには何かがある。それが今まで協力者としてだったから、俺は最初に何か用があるのだと踏んで聞いた。
それをコイツは
最初の問いには自分が今聞いているのだからと。
二度目、三度目の問いには俺がヴェナムと近しいからと。
二度目、三度目に対しての答えは一応出ているが、それは答えになっていない。
確かにシステナへ俺以外が同じような態度を取れば即座に塵になっているだろう。これが許されているのも《勇者》という特異性と、この身体を作る力の源がヴェナムのものだからということもあるだろう。
だが、それだけで九時頃には寝ていた女が真夜中に時間を割き、小さな歩幅で広い王都を歩いて俺の気配を探し、欠伸をしながらもわざわざシステナ側から接触しに来る理由としては弱い。
「聖学に居た時、俺が夜中に呼び出したら滅茶苦茶に文句言ってたろ。聖女サマとの話だって言ってたのに」
「当時の優先順位が違うのだから当然であろう?あの時は余が力を取り戻すのが最優先。今はその目処が立った。ならば少しぐらい話す余裕も出来ようもの」
「そうか。俺はてっきりお前が俺と聖女サマが会うのを阻止しようとして、こんな窓も扉も無い空間に閉じ込めようとしたんだと思ったんだが」
表情は変わらず。
無表情であるような、けれど、よくよく見れば薄らと笑みが浮かんでいるような。
それは怒っているとも見えるし、俺の的外れな直感めいた推理を馬鹿にしているようにも見えるし、困惑しているようにも見えるし、図星を突かれたようにも見える。
その顔のまま、返答は滞りも間も無く、不自然さも違和感も無く、何事も無く返される。
「何故貴様と聖女を会わせてはならん?放っておいても死ぬ女と、何をしても壊すしか出来ん男。どうせなら少しばかり余の話し相手として、暇潰しに付き合ってもらおうと思っただけだ」
「そうか、じゃあ帰らせてくれ。俺は自分の無力感に打ちひしがれて、もう話すような気分じゃねぇんだ。明日は明日で壊した魔法の説教とかをユーリアに受けてくる。きっと朝も早いんだろうよ」
と言って立ち上がろうとした瞬間、椅子から細く白い糸が飛び出、俺の身体を椅子に縫いつける。
「テメェ!!」
「やれやれ、本当に変な所で聡いな」
と言いながら、システナは欠伸をひとつして立ち上がる。
「やっぱりか!!」
「なんとでも言うがいい。この空間に入った時点で脱出は不可能。見ての通り、窓も無ければ扉もない。出入りの方法は余の魔法のみ。だが安心しろ。酸欠にはならんし、食事と水は……まぁ、三日ほど無くても問題はあるまい。《勇者》なら多少頑丈であろう。拘束を外してやってもいいが──」
と言って、一度俺の姿をつま先から天辺までじっと見る。
「やはり気に食わん。そのままでいろ」
そう言った後、俺に背を向け、システナが二三歩歩くとその姿が陽炎のように揺らぐ。
「ちィ!!」
逃がさない。
当然追い縋る。
ここがどういう空間かは知らないが、《勇者》に対して束縛は無駄だ。
左手の甲の皮膚を自分の意思で開き、溢れた血が刃を象る。
その刃が全身の表面を駆け回り、雁字搦めにしていた細い糸を断ち切る。
血刃を解除し、即座に第六血界、血瞬を発動。
「ほう?」
指先がシステナに触れる──その直前で、薄く鮮やかな赤い結界に阻まれる。
「なんっ」
「赤の結界は物理を絶つ。こちら側には来れんよ」
一瞬実体になったシステナがそう言い捨て、再度姿が揺らぐ。
その言葉をまるで聞かず、再度第二血界を発動。
赤色の結界と血色の血界がカチ合い、一瞬だけ拮抗する。
刃で結界を斬れてはいるが、この速度では間に合わない。
ずっ、と切っ先が僅かに沈むが、結界には指一本分も空いていない。
「んなろっ!!」
「おお怖い怖い。殺されそうだ。ではな」
そう言ってシステナが姿を消す──瞬間。
俺は髪の毛をその隙間にねじ込み、システナの首に巻き、そのまま締める。
「なっ!?」
直後、ここに来た時と同じように、景色がブレ、そして戻る。
「貴様ぁ……!!」
「賭けてみるもんだな」
この転移が、もしシステナが選んだ対象のみ転移させるものだったらどうしようもなかった。触れている相手も無条件に飛ばすもので本当に助かった。
辺りは未だ暗く、多少見にくいものの、緋眼によって大きな不自由は無い。すぐに周囲を探ると先程飛ばされた場所では無いようだが、視界の隅に王城らしき建物が見える。どうやらまだ王都の中ではあるらしい。
「どうする、もう一回やってみるか?今度は俺も抵抗させてもらうが」
と言ってマキナを起動。金剣銀剣は龍人種ドラゴニアンのお膝元なので使わないが、血刃なら使える。血のストックもまだあるので、問題は無い。勿論、最悪の場合は金剣銀剣を普通に使うつもりだ。
俺がキッと睨みつけると、システナははぁ、とため息をついて脱力する。
「無理だな。封なら出来ようが、その前に貴様を捕らえることが出来ん。どこへでも行くが良い」
本気か?コイツ普通に不意打ちとかしそうで怖いんだが。
「それに、余が貴様を捕らえようとしたのも万が一の保険のため。どう足掻いても結果に大差は無い」
と言って、背を向けて歩き始めた。
「どこに行く」
そう言ってみるが、システナは振り返る事も歩みを止めることもせず、そのまま答えた。
「寝る。来るなら次は殺す。今の余は機嫌が悪いぞ」
捕らえることが出来ないと言っておいて、殺すとはどういう事かと考えるような阿呆では無い。
視界からその小さな人影が消えるまでじっと見つめ、消えたあともたっぷり五分程してから、ようやくマキナを解除して息を吐く。
「さて、どうするか」
現状が分かっても、現状をどうするかの手段が結局何一つ解決していない。どころか問題が増えた。どうしろってんだ。
何をするにしても、もうこんな時間じゃどの道神殿も掛け合ってくれないだろう。強引に突破するか、するとしたらどうするか本気で考え始めた頃に、マキナが口を開いた。
「マスター、北西より誰か来ます。数は一名」
「……あぁ、誰か分かったよ」
「……?」
迫ってくる嫌悪感に舌打ちし、敢えて俺もそちらに向かう。
互いに向かい合ったからだろう。マキナの報告から一分も経たないうちにそれと顔を合わせる。
「よう、久しぶりだな。お兄ちゃん」
「その呼び方をやめろ。俺はテメェの兄貴じゃねぇ」
片頬を釣り上げるように、相手が嫌がることを全力で楽しむように、その笑顔が相手に嫌われることを知っているように。
獰猛な笑みを顔を歪ませた、もう一人の《勇者》がそこにいた。
「何用だ」
「色々とあるが、時間が無い。行きながら話すから、抵抗しないでくれ」
分かった、と言うと、《勇者》はこちらに走ってくる。進行方向は俺の向こう側か。合わせて移動しようとする。
が、すれ違う瞬間、《勇者》が俺の腰を引っ掴み、そのまま肩に担いでターン。来ていた道を引き返し始めた。
「おっま!?」
「話すなよ。舌噛むぞ」
そういや、着いてきてくれ、じゃなくて抵抗しないでくれ、だったな。
などと思いつつ、一定間隔で鳩尾に食い込む肩の感触に顔を顰めつつ、早く話せと背を叩く。
「言われなくても話すよ。もう知ってるだろうけど、《聖女》のキャパが限界になった。このままだと、《聖女》の力をシステナがパクって消えちまう。それをされたら結界の無くなったヒトは《魔王》に蹂躙される」
知ってる。でもどうしようもない。
「だから《聖女》の力をその剣……連と理に封じる。そのために、今の所持者であるアンタが必要だった」
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