大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

目覚めと表情

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「おい──ッてぇ!!」
アベルを掴もうとして手を伸ばしたが、既に俺がいたのは闇の中ではなく現実。
伸ばした手が勢いよくベッドの端にぶつかり、突き指寸前のダメージを受けた。
「っ痛つぅ…!!」
ベッドの上を一人でゴロゴロと悶絶していると、丁度風呂から上がったところらしいアーネとシエルが一緒に湯気を伴って上がってきた。
「あら、起きたんですの?」
「………おかあさん、おはよう?」
「ようアーネ、シエル。悪いが今何時だ?」
目の端に水滴を浮かべながら聞く。
「………ん、はちじ」
「ですわね。八時と…十分ですわ」
二人の反応から、丸一日寝ていたとかそういう事は無さそうだ。その事にやや安心しつつ、ベッドから身体を起こす。特に違和感はないな。
「貴方、一体何をしたんですの?」
アーネが溜息をしつつ、まだ幾らか髪に残る水分をタオルで拭きながら隣に座る。シャンプーの甘い匂いがふわりと俺の鼻をくすぐった。
「何ってなんだよ」
「貴方が疲れて寝た後、ベッドに運んですぐにクードラル先生が慌てて部屋に来ましたわよ?壁がどうかしたんですの?」
シエルがせがむので、膝の上に乗せて髪を拭いてやる。ふむ、この子の散髪はどうするか。
「あー…二箇所ぐらい…いや、俺もぶつかったから三箇所か?壁にヒビが入った。そんだけだ」
そう言えば、折れた右腕や内臓へのダメージが感じられない。多分寝てる間にアーネが治してくれたのだろう。助かる話だ。
「せめてフィールドを張っておけばそんな事にもなら無かったと思うのですけれど?」
「フィールドがあったらこんな簡単に決着はつかなかったよ。全く、とんでもないヤツを引っ張り出して来てくれたもんだ」
今思い出しても不快になる。それが声に滲み出ていたのだろう、アーネが僅かに顔を曇らせ、口を開いた。
「やっぱり……あれはナナキさん…でしたの?」
「あぁ。紛い物もいい所の酷いモンだったがな」
「………おかあさん、おこって、る?」
シエルが不安げに俺の頬を触りながら言ってくる。
「………わらって?ね?」
「お、おふ」
無理矢理頬を押し上げて笑顔を作ろうとしているらしい。
「………わらわない、と、ないても、わらっ、ても、かおが、しんじゃう、よ?」
喋ることを忘れていた少女が俺を見上げつつそう言う。
「わかったわかった。大丈夫だからとりあえず──」
シエルの頭を撫で、頬から指を離させる。
「腹減ったからちょっと食堂行ってくるわ」
今ならまだギリギリ間に合うと思うから。
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