大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

碧眼と臨界点

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決闘の開始と同時、両者が動いた。
大剣を握ったアンジェが先日俺と戦った時と同じような、比較的早い踏み込みで、自分の間合いの中に入る。
対する《臨界点》は恐らく武闘派ではあるまい。実際得物は持たず、武器らしいものと言えば、その厚いグローブが強いて言えばそうだろうか。
魔法使いが大剣使いに一対一タイマンで勝てる方法はほとんど無い。魔法使いが魔法を使うより前に大剣がその身を切り裂く。
それが分かっていたからであろう。
《臨界点》は素早く手をローブの内側に入れ、細長い棒状のものを取り出す。
「ッ!!」
それを目視した瞬間、アンジェがブレーキをかける。
しかしついた勢いは簡単には収まらない。止まるにしても《臨界点》の目の前か。
もちろん《臨界点》がそんなものを気にするわけもなく、誰からも見えるように細長い棒状のソレを大きく振ってこう宣言する。
「降参じゃ」
瞬間、訓練所がしん、と静まり返る。
今の今まで訓練所をカラカラに乾かし、狂おしくなる程に身を焦がした熱気は一瞬で冷え落ち、訓練所の中に響いていた様々な声も、まるで行き場を失ったかのように萎んで消える。
《臨界点》が取り出したのは白旗。それを大きく振り、宣言したのは降伏。
刃を交えることもなく、魔法を一言紡ぐまでもなく、火花を散らす以前の問題だ。
「あ…の、馬鹿者ぉ…!!」
《雷光》が憤怒に顔を真っ赤にさせながら、歯と歯の隙間から声を漏らした。
戦いが始まると同時に棄権するなど聞いたこともない。ましてや《臨界点》は二つ名持ち。負けは許されない。
だと言うのに、まるでこの決闘そのものを嘲笑って否定するかのような行動。
「あんたふざけてんの!?」
当然、相手であるアンジェが納得するわけが無い。
「なにがじゃ?」
「まだ戦ってすらいないじゃない!!」
「何を言うておる。ちゃんと決闘をした戦ったじゃろう?」
既に《臨界点》は踵を返し、フィールドから出ようとしている。
その小さな肩を、アンジェが掴んだ。
「こんなの、私は認めない!ロクに剣も合わせてないし、あんたの技や魔法、何一つ見てない!こんなのがあんたの決闘なの!?」
「我輩の決闘であるかどうかは関係ない」
振り向くことすらせずに《臨界点》がそれに答える。淡々と、感情を感じさせない声音で。
「お主の下らん自己満足のために、我輩が労力を負うのは実に面白くない。我輩はお主の望むものをやったじゃろう?どうじゃ、二つ名持ちから得た勝利は美味いか?ん?」
何だ?なんの話をしている?
俺には少々分からない話だが、しかしアンジェには強く刺さったらしい。
「ッ!!」
「話は終わりかの?」
アンジェがなにか話す前に《臨界点》が素早くアンジェの手を振り払い、そのままフィールドを出る。
途端に降り注ぐのは地面が唸る程のブーイング。
中にはストレートに口汚い罵倒を《臨界点》や《シェパード》に対して吐く輩もいた。
そう、いくら情けない事をしても──仮にも二つ名持ちを罵倒する…そんなことをしてはならないだろうに。
「クソチビが!!チビって戦えねぇならママのおっぱいでもしゃぶってろ!!」
「悪いが小僧──」
不意に《臨界点》が口を開く。
「我輩を舐めているのなら──それは少し頭にくるな」
声のした方に、《臨界点》が何かを投げた。
次の瞬間、千の鋼を砕くような音と共に巨大な氷像が出来上がる。
恐らく彼が口の悪い生徒なんだろう。
「この決闘において我輩は逃げたのではない。無駄だから戦わなかっただけじゃ。それが分からん愚か者はまだおるか?」
しん、と二度目の沈黙が降りる。
「ではの」
黙る俺達を尻目に、《臨界点》はそのまま訓練所を後にした。
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