大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

黒竜と決心

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ヤツキが跳躍し、一瞬で竜の前に跳ぶ。
「────ッ!!」
空中で身体を捻り、黒の長剣の刃が黒の竜の鼻先にスッ──と通る。
『────!?』
今までどれだけ生きてきたか分からないが、おそらく長い年月を生きてきたのだろう。
その長い年月の中でも、鱗を切り裂かれ、肉を切られるという体験は今まで無かったらしい。
黒竜は叫び声を上げつつ、前足で未だ空中のヤツキを叩き落とす。
しかしヤツキは身体を僅かに動かすと、その爪と爪の間を見事にすり抜け、無傷のまま次の攻撃へと移行する。
「っ」
ヤツキが、戦ってる。
手伝わなきゃ。あの黒い竜を倒さなきゃ。
そう思うのだが、身体が動かない。
剣を握る手が震える。心臓が異常なまでに強く脈を打ち、鼓動が痛いとすら思える。口の中が急に乾き、視界が勝手に逃げ道を探し始める。
逃げたい。本能がそう叫び続けている。逆らってはならない、目の前の黒いアレは天災の類いであると、絶対に戦ってはならないと、ありったけの警告を発している。
──それでも。
ヤツキは剣を手に天災と薄氷の戦いを演じ、シエルは狂ったように血のナイフを黒竜に飛ばす。
──俺だってなんだから。
震える手を強く握る。
笑う膝を叩いて黙らせる。
強く鳴る心臓は落ち着いて整える。
「進まなくっちゃな」
手はもう震えていない。膝も心臓もいつも通りだ。
「アーネ!!大丈夫か!?」
振り返ってみると、どうやって復帰したのか分からないが、アーネもいつの間にか復活していたようだ。
緻密で綿密で細密な魔法が膨大な魔力編まれていき、それがアーネのスキルで超圧縮されていく。
「──其の炎は祖の炎、原始にして真紅の炎、灰塵へと還す苛烈なる炎──」
詠唱のために返事は出来ていないが、あいつも立ち向かう気ではいるようだ。額から落ちる汗がその必死さを如実に表している。
『今代の。心は決まったか?』
「とっくの昔に──なんて言ったら嘘になるな。ヤツキのアレが効かなかった訳でもない。けど」
『うん?』
「もう二度と。あんな思いはするのは嫌だから」
魔族を引き寄せて死んだ彼女。
竜と紙一重の死闘をする彼女。
「せめて後悔はしないように──いや、絶対に後ろを振り返らないように」
俺は剣を握る。
強く、強く、小手の中の手が真っ白になるまで強く。
「だから進む。振り返るのは──立ち止まるのは、今じゃないから」
『いい答えだ。そんなお前に六つ目の血界を教えてやる』
途端に背中が熱く熱く、熱を持つ。
視界がいつも以上に赤く染まる。
『名前は第六血界──《血瞬けっしゅん》。効果は』
それが発動した瞬間、俺は既に黒竜の目の前にいた。
『超加速だ』
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