632 / 2,022
本編
宿と苦痛
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窓から見下ろす日はかなり傾き、ほとんど沈んでしまった。
普段より何倍も紅く、燃え尽きる直前の蝋燭のような輝きを放ちながら落ちて行く夕日を眺め、俺はふと自分がいる部屋を見る。
そこには簡素なテーブルが一つ、椅子が二つ、そして少し大きめのベッドとクローゼットが一つだけあるという、良く言えば質素、悪く言えば殺風景な風景が広がっていた。
こう言ってはみたが、何のことは無い。俺達が泊まっている宿の部屋だ。
あの後、俺は何がどうなって、どうしてここにいるのか、ほとんど覚えていない。
辛うじて分かったのは、何とか店の方へと戻った後に、俺の顔を見たアーネが何か騒ぎ、俺だけ先に帰されたという事だけ。
「…まだやらなきゃならない用意とかがあっただろうに…」
ベッドに寝転ぶと、見た目通りの安物らしく、大して勢いづけた訳でもなかったがギシリと軋んだ。
『あー…その…今代の。大丈夫か?』
「シャルか。疲れは取れたぞ」
多少ダルい感じはあるが、そんなに気にするほどじゃあない。
どこかよそよそしい相棒にそう答えると、何となく口ごもりながら『そうじゃなくてだな…』と口を開いた。
『なんというか…体力の方じゃなくて、精神の方の話…なんかお前、いつになく変だったぞ?』
「………。」
……まぁ。
シャルの言う通り…なのだろう。
「お前、俺の事をどこまで知ってたっけ?」
『まぁ…その辺りは俺もあえて深く知ろうとは思わなかったから、あまり知らないな。せいぜい、人が少ない村に住んでた、って事と、今使ってる金剣銀剣の元の所有者、って事ぐらいか?あとは………あぁ、前に腐死者の件で、リーザとかいう少女に聞かせた話ぐらいか』
「…そうか。じゃあナナキの事はわかるのか」
『…いや、誰だ?……あ、いや待て。栗色の髪に蒼い目の女か?』
「っ……あぁ、そいつだ」
一瞬だけ、あの日の事がフラッシュバックした。
彼女との、最期の日。
「どこから話そうか……まず、ナナキとの関係か?始まりは…産まれた俺を拾ったのがナナキだったって事か。で、育ててくれたのもナナキで、剣の師匠でもある…というより、戦い方は全部彼女から盗んだ」
『つまりは親代わりか』
「…まぁそんな所か。親と言うより、母親とかじゃなくて、もしかしたら姉…とかそんな風な関係に近かったのかもしれなかったが、ともかくそんな感じだった」
『その辺りの差は《勇者》には分からんがな』
「ともかく、一番近くて、一番遠い存在だったのは確かだったよ」
懐かしい気分に浸りながら、それでいながら治りかけの傷をつつくような、じくじくとした痛みを覚えつつ、シャルに聞かせていく。
「それで…そいつと約束したんだ。剣を持つことを許された時に。絶対に、何があっても、何に対しても負けないって。よくわからなかったけど、小さかった俺は約束した」
一番最初にそう言われ、いつの間にか忘れていた約束。
それを次に思い出したのは、故郷を初めて出ると言った時。
最後に約束したのは、最期の時。
「それを──」
『ずっと守り続けてたのか?』
「あぁ」
なのに──。
ただ負けるよりも惨めに。
俺は負けた。
「俺は──アイツさえも護れずに…約束すらも守れなかった…!!」
俺と彼女を繋いでいた、一番古い鎖。
それが断ち切られた。
こんなにも苦しい。
こんなにも悲しい。
こんなにも痛い。
なのに。
涙は零れなかった。
もう枯れてしまった──そう言わんばかりに。
『──一回寝ろ。ある話を聞かせてやる』
それに従った訳ではなかったが、ベッドに寝転んだままの俺の意識は、身体の内側から出る痛みから目をそらすようにして、眠りの沼に沈んでいった。
普段より何倍も紅く、燃え尽きる直前の蝋燭のような輝きを放ちながら落ちて行く夕日を眺め、俺はふと自分がいる部屋を見る。
そこには簡素なテーブルが一つ、椅子が二つ、そして少し大きめのベッドとクローゼットが一つだけあるという、良く言えば質素、悪く言えば殺風景な風景が広がっていた。
こう言ってはみたが、何のことは無い。俺達が泊まっている宿の部屋だ。
あの後、俺は何がどうなって、どうしてここにいるのか、ほとんど覚えていない。
辛うじて分かったのは、何とか店の方へと戻った後に、俺の顔を見たアーネが何か騒ぎ、俺だけ先に帰されたという事だけ。
「…まだやらなきゃならない用意とかがあっただろうに…」
ベッドに寝転ぶと、見た目通りの安物らしく、大して勢いづけた訳でもなかったがギシリと軋んだ。
『あー…その…今代の。大丈夫か?』
「シャルか。疲れは取れたぞ」
多少ダルい感じはあるが、そんなに気にするほどじゃあない。
どこかよそよそしい相棒にそう答えると、何となく口ごもりながら『そうじゃなくてだな…』と口を開いた。
『なんというか…体力の方じゃなくて、精神の方の話…なんかお前、いつになく変だったぞ?』
「………。」
……まぁ。
シャルの言う通り…なのだろう。
「お前、俺の事をどこまで知ってたっけ?」
『まぁ…その辺りは俺もあえて深く知ろうとは思わなかったから、あまり知らないな。せいぜい、人が少ない村に住んでた、って事と、今使ってる金剣銀剣の元の所有者、って事ぐらいか?あとは………あぁ、前に腐死者の件で、リーザとかいう少女に聞かせた話ぐらいか』
「…そうか。じゃあナナキの事はわかるのか」
『…いや、誰だ?……あ、いや待て。栗色の髪に蒼い目の女か?』
「っ……あぁ、そいつだ」
一瞬だけ、あの日の事がフラッシュバックした。
彼女との、最期の日。
「どこから話そうか……まず、ナナキとの関係か?始まりは…産まれた俺を拾ったのがナナキだったって事か。で、育ててくれたのもナナキで、剣の師匠でもある…というより、戦い方は全部彼女から盗んだ」
『つまりは親代わりか』
「…まぁそんな所か。親と言うより、母親とかじゃなくて、もしかしたら姉…とかそんな風な関係に近かったのかもしれなかったが、ともかくそんな感じだった」
『その辺りの差は《勇者》には分からんがな』
「ともかく、一番近くて、一番遠い存在だったのは確かだったよ」
懐かしい気分に浸りながら、それでいながら治りかけの傷をつつくような、じくじくとした痛みを覚えつつ、シャルに聞かせていく。
「それで…そいつと約束したんだ。剣を持つことを許された時に。絶対に、何があっても、何に対しても負けないって。よくわからなかったけど、小さかった俺は約束した」
一番最初にそう言われ、いつの間にか忘れていた約束。
それを次に思い出したのは、故郷を初めて出ると言った時。
最後に約束したのは、最期の時。
「それを──」
『ずっと守り続けてたのか?』
「あぁ」
なのに──。
ただ負けるよりも惨めに。
俺は負けた。
「俺は──アイツさえも護れずに…約束すらも守れなかった…!!」
俺と彼女を繋いでいた、一番古い鎖。
それが断ち切られた。
こんなにも苦しい。
こんなにも悲しい。
こんなにも痛い。
なのに。
涙は零れなかった。
もう枯れてしまった──そう言わんばかりに。
『──一回寝ろ。ある話を聞かせてやる』
それに従った訳ではなかったが、ベッドに寝転んだままの俺の意識は、身体の内側から出る痛みから目をそらすようにして、眠りの沼に沈んでいった。
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