大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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外伝

幼女の刃

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「くッそ、とんでもねェ糞餓鬼だな、おい」
副隊長が悪態を吐きながら短剣を眺める。
「ふ、副隊長…宜しかったのですか?」
「あァ?何が」
「小さな子供に剣を向けてしまって」
部下の質問に対し、副隊長は鼻で笑い、
「起きた直後に手に持ったナイフで喉元狙ってくる糞餓鬼を子供とは言わねェよ」
そう返した。
赤い少女は起き上がった直後、右手に握ったままだった粗末なナイフを副隊長に向け、幼児とは思えない様な勢いで斬りつけて来たのだ。
その勢いと狙いは副隊長を焦らせ、接近戦用に持っている短剣を容赦なく振るわせる程度には鋭かった。
「咄嗟に柄で殴りはしたが…死んでねェよな?」
一瞬の交差で、副隊長は突き出されたナイフを短剣で叩き折り、更に手首を返して彼女のこめかみを、短剣の刃ではなく柄、その底で叩いて失神させた。
しかし、あまりに咄嗟の事で、力加減が出来ず、かなりの勢いで殴ってしまったため、少女が勢いに負け、吹き飛んでしまったのだ。
「一応、呼吸はしているようです。どうしますか?」
部下が少女をどうするかと聞く。
このまま放っておくのが、連れて帰るのか。
「んなもん連れて帰るしかねェだろが。一応、村で唯一の生き残りだぞ?どれだけ糞みてェな餓鬼でも、連れて帰らなきゃ隊長にドヤされちまう」
肩をすくめてそういう副隊長に、隊員全員が「そんなもんじゃ絶対に済まない」などと心の中で声を揃え、馬を呼びに行く。
「……。」
「…?副隊長、どうかしましたか?」
少女を抱き抱えた隊員…キキが副隊長にそう声をかける。
副隊長はヘルムのバイザーを上げ、しげしげと少女が振っていた折れたナイフの刃を拾って眺め、次に自分の持っている短剣をまじまじと見つめ、再び折れたナイフの刃を眺める…と言った事を繰り返している。
「なァ、キキ。お前さ、で、人の首をああも見事に斬れるか?」
「はい?」
副隊長がそう言うと、折れたナイフの刃に着いた血を払ってからキキへと放り投げる。
「うわっ!止めてくださいよ!!」
と言いつつも、難なく右手の人差し指と中指でそれをつまみ、左腕で少女を抱える。
「……これは」
粗末だ粗末だと思ってはいたがあまりにもボロボロの刃。
長年使っていたのか、錆のようなものが浮き、傷だらけのそれは、辛うじて突き刺すことは出来ても、切り裂くのは到底不可能な物だった。
しかし、魔族の死体の喉は、明らかに鋭利な刃物の一撃で裂かれたような傷口…。
「……魔族を斬ったからではないのですか?」
「いや、どれもほとんどが古いものばかりだ。新しいのはそれこそ魔族を斬ったからだろうな」
「……私では到底無理ですね」
そう言って折れたナイフを副隊長に返しに行くと、副隊長が「ん」と一言、自分の短剣をキキに見せる。
「…副隊長ご自慢のその短剣がどうかしましたか?確か、機人の装甲から作り出したものでしたっけ?」
「あァそうだ。やたらめッたら硬い機人共の着る鎧をどうにか加工して作ってもらった、馬鹿みたいに頑丈な短剣だよ。…だがな。ほれ、ここ」
副隊長が指さした所は、刃の真ん中辺り。
そこが僅かに──。
「欠けて…?」
「この場所な、オレの見間違いじゃなきゃ、あの糞餓鬼がナイフで斬りつけた所なんだよ」
「!?」
あの疲弊しきったナイフで。
幼いとすら言える幼児が。
機人が使う要塞のような強度を誇る鎧を加工して作ったナイフを。
欠けさせた──?
「とんでもねェ糞餓鬼だな、おい」
副隊長がそうしみじみと言った相手は、未だに意識を取り戻さない。
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