大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

塔と闇

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トラップも無ければ魔獣も魔族も無く、およそ障害物と呼ばれるようなものは何も無いまま塔へと辿り着いた。
「………何だったんだ?今までのは」
拍子抜けするほど簡単に着いてしまい、思わずそう言ってしまう。
少し離れたこの位置からは、天に聳え立つこの塔の全体がよく見えた。
と言っても、大したことは分からない。強いていえば、遠くからだと他の建物が邪魔で見えなかった塔への入口がよく見えるようになったぐらいか。
真っ暗で真っ黒で全く何も見えない、黒い穴。光を、風を、音を。全て呑み込み、取り込んだ結果、何も目に映らない闇。
近づけば近づく程にあれはそう言うものだと、何となく理解した。
「仮に罠だとしても行くしかねぇだろ」
《勇者》がそう言うが、流石に警戒はしているらしい。塔の入口らしきその闇を軽く剣で突く。
「んぁっ!?」
剣が闇に触れた瞬間、それが闇に引きずり込まれる。
《勇者》も一瞬剣を握り、引き戻そうとしたらしいが、即座に引き勝てないと判断したらしく、手を離した。
当然剣は闇に呑まれ、数秒間の沈黙が流れる。
『落下音は無しか』
「誰かに引かれたのか?」
「……つーより、コレ自体がずるっと引き込んだみたいな感じ」
闇が生きてる?と言うより、触れたから引いたという条件反射に近いだろうか。
「罠じゃない。多分な」
根拠はないが勘はそんな感じか。
「ま、実際罠だとしても飛び込むしかねぇんだから腹くくろうぜ、お兄ちゃん」
俺が何か言う前に、《勇者》がひょいと闇に手を触れ、引き込まれる。
同時に俺の手を掴みながら。
「あ?」
すると先程の剣と同様に《勇者》が闇に呑まれ、手を掴まれた俺も一緒に引きずり込まれる。
突然の行動過ぎて、驚きで身体が止まっているうちに《勇者》が闇に吸い込まれ、そのまま俺も闇の中へ。
とぷん、と。
薄い膜のような見た目をした闇に指先が触れると、そんな水のような音と共に中へ入った。
その瞬間、闇に触れた先から全てが曖昧になる。
身体が冷える。感覚が溶ける。境目がほつれる。
この感覚は、あの時の深い深い闇と同じ。
どれだけ目を見開いても何も映らず、目を閉じても何も見えない。辛うじて床があってなんとか立てているのは分かる。だがそれもじきに確信が持てなくなるのだろう。
いつの間にか俺の手を掴んでいた《勇者》の手もどこかへ行っていて、この空間には俺一人。
「…シャル」
呼んでも彼女の返事はない。代わりに。
この闇よりもずっと黒くて暗くて深い闇の小さな手が俺の右手首を掴んでいた。
「また会ったな《魔──いや、シエル」
そう言った声すらも既に闇の中。俺自身にさえも聞こえたかどうか分からない。
けれどその暗闇は、闇の中で間違いなく笑った。
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