大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

苦痛と血

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最初に絶句。とっくの昔に塔へ行ったと思っていた。あるいは死んでいてもおかしくは無いと。半ば諦めていた。
だが嘘でも幻覚でもなく、そこに彼女はいた。
「っ、アーネが負傷した。今から治療に移る」
「重傷なら捨て置けばいいんじゃないか?足でまといだ」
「じゃあお前が一人で塔に行け。俺はアーネを助けてから行く」
「………非合理的だな。そんなにその女が重要か?」
「…あぁ」
「ふぅん…ま、やっと見つけたお兄ちゃんを見捨てる程じゃない。手を貸してやる」
「…助かる」
「貸し一だ」
そう言って剣を抜く《勇者》を確認した後、そっとアーネを寝かせ直し、シャルを呼ぶ。
「お前の方が詳しいだろ。どうすればいい?」
『…準備はいいか?ただお前の血を入れても意味が無い。それにお前も持たないだろ。だから血を巡らせ、二人の血を循環させる』
「了解」
『当然お前の中にもジェルジネンの呪いが侵食してくる。というか、呪いの解除の大半はお前の身体の中でやる必要がある。気張れよ』
「…分かった」
循環させるとなると二箇所は穴が必要となる。足首に空けられた穴を使うことも考えたが、穴の位置があまりに悪い。効率が良さそうなのは──血管が通っている脇のあたりだろうか。
黒剣を小さく小さく纏め、指先程の刃を形成。
「悪い」
そう呟いてからアーネの服を血で染めないようはだけさせ、両脇の下に黒剣を静かに滑り込ませる。
刃先が血管まで届いた。当然そこから血が溢れる。
指先の皮膚を開いて、今切った脇の下にそっと指を入れる。
ちゅぷ、と俺の指がアーネの脇下に潜り込んだ。
「ぁ…」
アーネが僅かに声を洩らす。
「いくぞ」
そう言って目を閉じた。
自分の身体に巡っている血、血管、それらを拡張し、アーネというもう一人の身体とも繋がる。
彼女の身体を巡る血をこちらに受け入れ、その分俺の身体を巡る血を彼女へと流す。
「!?」
瞬間、猛烈な悪寒と吐き気に見舞われる。
頭が痛く、僅かに傾くだけで脳髄から痛む。呼吸をするだけで鼻の奥から嫌な匂いと痛みが込み上げる。何もしていないのに涙が溜まり、背中はいつもとは別の嫌な熱気を帯びて身体を震わせる。
なんだこれは。こんな苦しみを味わった記憶など、出来るだけ思い返しても記憶にない。
そしてその苦痛は俺だけではないようだ。
「ぁ……あ…あっ……!!あぁっ…!」
アーネの身体が小刻みに震えつつ、苦しみの声を上げる。
それもそのはず。本来神から造られた《勇者》の肉体はヒトや魔族とは文字通り格が違う。俺達がヒトの血を受け入れる分には「変なものが混ざった」ぐらいで済むが、ヒトからすれば「特殊過ぎて耐えられない」らしい。
『一度に流す量が多すぎる!もっと減らせ!』
「っく…!」
以前、アーネは俺の血を多少取り込んでも問題はなかった。体質的なものなのか、俺の血が相当薄まっているからなのか、その辺の理由は分からない。
だから耐えきれるかもしれない。
だが、今行っているのは前回のような少量の血ではない。全ての血を入れ替えるような大作業。
だから耐えきれないかもしれない。
そして、当然俺にも尋常ではない負荷がかかる。
血とは自身の身体で作り続けられるもの。今巡る血はやがて捨てられる。当然この血の交換が一時的なものであったとしても──全身をくまなく汚されるような感覚。それは呪いによってか。それともヒトの血が大量に身体に入るからか。
今すぐ手を引き抜きたい。そして身体を内側から真水で洗い流したい。そんな衝動に駆られる。
だが。
「っ…!!」
震えるアーネの手が虚空を彷徨うように動き、そして向かい合っていた俺の腕を掴んだ。
そしてそのまま、ぎゅっと握る。
強く、強く、痛い程に握る。
押し退ける訳でも、暴れる訳でもなく、決して逃がさないように。
だったら俺も逃げる訳にはいかない。
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