大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

英雄と話

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部屋に入って英雄を椅子に座らせ、とりあえず手際がいいとは言えないものの茶を出して俺も座る。
英雄に話しかけられた時から、何となく背中がぞわぞわするような嫌な気配をずっと感じつつ、話を聞く。
「で、何用だ?」
「何、この前のアレの時に攫われた生徒を、君らが近々結界の外に行って生徒奪還するって話聞いてな」
「あぁ…それが何か?」
「何かじゃないで。正気か君ら」
英雄がそう言って一度茶で口を湿らせ、僅かに顔を顰めてそっと戻す。
「相手魔族やぞ。それも数人やない。何かしらの拠点か、最悪都市に潜入する必要がある。大手を振って突撃も出来んし、必然的に少人数になる。そしたら当然数的にも不利になる。攫われた生徒十人程度の為に、こちらが戦力出しても明らかに釣り合わん。どう考えてもミイラ取りがミイラの典型や」
「西学が発案で手を貸してくれるらしいぞ」
「知っとるわ阿呆。それ込みで足らんっちゅうとるんじゃ。結界の外に誰か攫われても今まで奪還作戦なんて行われんかった。理由分かるか?相手をどう低く見積っても、最低限英雄一人分の戦力が必須になるからや」
「知ってるよ。充分に。一年ン時、クラスメイトが一人攫われた事があってな。その時、学校は無視決め込もうとしてたし。多分あれが普通なんだろうな」
視界を落とすと、カップに入った茶に映った俺の目と目が合う。
あの頃とは随分変わってしまったが、今回もやる事自体は変わらない。
ただ、見えるようになったものや背負うようになったもの、周りが大きくなっただけだ。
「俺が何言いたいんかっちゅーとな、今回の救出作戦、確実に失敗するから君は行くなって事やねん」
「断る」
一拍の間も開けずにそう言った。
あまりに間髪入れずにそう言ったので、英雄も少しばかり驚いたのか、一瞬だけ言葉を詰まらせ、溜息混じりに再び口を開いた。
「…あんな、俺は君の事を思ってそう言うとれん。二つ名持ちやからとか、なんや知らんけど特殊な生まれや育ちやからとか、翁から一目置かれてるとか、色々あって凄いんも知ってる。こないだの聖学祭の話も聞いたし、俺ん腹カッ捌いたりもしてるし、実力も相当あるのも知ってる。けど流石に無理や。まさか君、一人で魔族を全てどうこう出来るなんて思ってるんか?」
「俺一人で、か…」
ここで出来ると言ってもガキの強がりにしか取られないだろう。
かと言って出来ないというのもまた癪な話。それでは死にに行くと自分で言うようなものだ。
答えを考えている間、僅かに言葉に詰まった。その間に英雄がまた口を開く。
「分かるやろ?俺は君に死んで欲しく無いんやって。君の実力なら充分次の英雄になれる。なんなら俺も推薦してやる。そんな生徒みすみす死にに行かせるんは嫌なんや」
彼の目は嘘偽りのない本当のことを語っている、そう直感させるに充分な、本物特有の熱を持っていた。
だが。
「…なぁ、次の英雄になったら聖女を救えるのか?」
「うん?そら当然。色んな危機から守れるし、助ける事もあるで」
「あぁ違う違う。少し聞き方が悪かったか。もう一回聞く。英雄は《聖女》を救えるのか?」
その質問に対し、彼はこう言った。
「うん?英雄は──なんやて?誰を救えるかって?」
「──……」
そうか。
そもそもフィルターがかかって聞こえないか。
「いや、いい。忘れてくれ。聞き方が悪かった。まぁなんだ、英雄は聖女を守ってるだけなんだなって思っただけだ」
「ま、聖女様がヒト全体を守ってるから、ひいてはヒトの守護が俺らって感じやけどな」
ヒトを守る。《聖女》を守る。とても重要な事だ。
だがそこに《聖女》が抱える根本的な痛み、それを救うという事は入っていないのか。
「限界まであと一年無いんだぞ?」
小さく呟いた声は英雄には届かなかったが──それは英雄のせいでも俺のせいでもなく。
部屋の扉が誰かに思い切り蹴破られたから。
「「!?」」
扉が吹き飛び、壁に跳ね返って床に落ち、重い音を響かせる。
誰が来たとそちらの方を見ると、ずっと感じていた背中のぞわぞわが悪寒に変わる。
魔族?いや違う。ある意味もっと嫌なもの。
もう一人の、いや、本物のと言う方が正しいか。
《勇者》がやって来たのだ。
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