大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

炎と義肢

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さて。
行ってこいと見送ったはいいものの、俺も当然試合を見たい。あと万が一の時は責任取って止めにゃならん。
でもあんなこと言って見送った手前、同じように訓練所に入るのも非常にカッコ悪い。
そんな訳でこっそりと。
訓練所の外側に回り、訓練所の壁を音もなくひょいひょいと登っていく。
そしてそのまま。
「っこいせっ、と」
「な、《緋眼騎士》!?」
訓練所の上の方にある小さな採光用らしき窓から中に侵入。
「よぉ《雷光》。早めだが帰ってきた。気になる試合が始まるって聞いたんでな」
「…それは構わないのだが、どうして窓から…?しかもあの窓ははめ殺しだったはずだが?」
「あの窓だけなんか緩いし外せんだよ。経年劣化か何か知らんがな」
ちなみに、入ると同時に髪で窓をはめ直しているので元通り。ちょっと髪が痛むが、これぐらいならまぁ問題なし。
「…後で事務の方に申請しておく」
「そうしといてくれ。一々言うの面倒だし」
ところで詳しく知らんのだが、はめ殺しの窓って経年劣化とかで外れるようになるのかね。俺には元からそうデザインされたようにしか思えんのだが。
《雷光》と軽く話して改めてアーネ達の方を見ると、丁度セラが深呼吸で気を鎮め、アーネがそれをじっと見つめていた。
「開戦の合図は?」
「もうしているが、ずっとあんな感じだ。互いに全く動かない」
「ふぅん?」
そう言っていると、一際長くセラが息を吐いた。
「──行きます!」
「かかって来なさいな」
そう言った瞬間、セラが跳んだ。
足に仕込まれたバネを発動して、一直線に距離を詰める。
思っていたよりずっと早い踏み込み。いつの間にかまた義肢の性能を解放したのか。
アーネもそれに少々驚いたようで、一瞬だけ目を見開く。
「ふんッ!!」
距離をおよそ三メートル強まで詰め、近接と遠距離のちょうど中間の間合いへ。
そこでセラが槍を繰り出す。ここまでで一秒と経っていない。
対するアーネは魔法陣も何も用意していない。セラの動きが常識を超えて早すぎるのだ。
金属の鋭い輝きが猛然とアーネの身体に向かって伸び──そして涼やかな音と共に逸らされた。
「ッ!」
加速の乗った突きが軽やかに逸らされ、セラがつんのめる。
最初にセラが動いた時には無かったはずの大振りの短剣がアーネの手に握られており、それが聖学祭の時のように槍の先を滑るようにして弾いたのだと気づくのに一瞬の時間を要した。
「食らいなさい」
そう言ってアーネが踏み込む。
魔法使いとしては有り得ない挙動に《雷光》が僅かに息を呑む。
アーネの左手にはこれ見よがしなヒトの頭大の大きさの火球。身体の伸びきった所にこれを叩き込まれれば、回避するのは不可能。
アーネの火球がセラに叩き込まれる──が。
「ッ!!まだです!」
仕込み盾。俺が作ったそれは木製でありながら、強い耐火性を持つという不思議な逸品。
だが真正面から受けるのはいくらなんでも無理だ。俺がそう思った瞬間、セラは盾で火球を防ぐのではなく、下から滑らせるようにして掬った。
すると火球は盾に弾かれあらぬ方向へ飛ばされ、さらにセラが前進する。これなら辛うじて盾も持つか。
「ああッ!!」
距離一メートルと半分。完全に近接武器の間合い。
セラも槍を手放し、仕込み斧と自前の斧を俺特製の義手の出力に任せて振り抜く戦法に切り替えた。
「セラの間合いだ。《緋焔》も流石に無理か」
「いや、どうだろうな」
《雷光》の言葉を否定する。
「…まさか《緋焔》が勝てると?」
「アーネだって馬鹿じゃない。自分から踏み込んだのを見たろ。勝ち目があるから踏み込んだのさ」
「何か切り札を知ってるのか?」
「いや全く。でも俺は他の奴らよりアーネを知ってる。例えばそう…」
しゃおん、しゃおん、と。
金属同士が擦れ合う涼やかな音が訓練所になり続ける。
二度、三度、四度、五度…セラの両手の斧が何度振り下ろされてもその度にしゃおん、しゃおんと音が鳴る。
「超ド級の負けず嫌いって事とかな」
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