大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

微睡みと微笑み

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意識が霞む。
血と酸素が足りていないからか。
…? なんで足りてないんだ?
血が足りないのはわかる。だが、なぜ酸素が足りない?
……まぁいいか。ここは暖かくて気持ちいいし。
蕩けた意識の中、そんな事を思う。
『おい、レィア!!しっかりしろ!寝るな!意識を失うな!!』
…シャルの声が聞こえる。…うるさいな。
ちょいと疲れたんだよ。寝させろよ…。
『馬鹿!布団の中じゃねぇんだぞ!ここはあの肉ダルマのハラん中だ!!』
あぁ?だから何?俺はもう眠いんだよ…。
『クソ、変なガスか毒みたいなのが出てんのか?レィアの意識が飛びかけてる…おい、起きろ!気を失えば、そのまま溶かされて終いだぞ!!』
シャルが何か必死に叫んでいるが、もはやどうでも良くなってくる。
手足の感覚はほとんど無くなっていて、まぶたは重く、ゆっくりと降りてきた。
身体も重く、この眠りを受け入れているようだった。
このまま、寝ちまおう。
そう思って目を閉じると──まぶたの裏に、誰かがいた。
逆光で良く見えないが、シルエットからして髪の短い女か?それぐらいしか分からない。
そいつはつかつかと俺の目の前にやって来て、唐突に。
「歯ァ、食いしばれ!!」
俺の腹を…より正確に言うと鳩尾を殴った。
「ぐふっ!!」
このクソアマ、何でわざわざ歯を食いしばれとか言っといて腹殴るんだよ。
思わずその場でしゃがみこみ、恨めしく思いながらそいつを見上げる。
「ガッカリしたよ!ボクはレィアをそんな奴に育てた覚えはない!」
「あぁん?何を言ってやが──」
今、気づいた。
なぜ気づかなかったのだろう。
「…ナナキ?」
「あぁそうだ。正真正銘のナナキ・フィーネだよ。もっとも、ボクが出張ってくるハメになるとは思ってなかったけどね」
「けど、なんで?ナナキのスキルで作られた人格は俺の一部に完全に溶け込んで、もう会えないんじゃ──」
「キミは馬鹿かい?」
ぐいっ、と近づいて鼻と鼻がくっつくほど寄ってくるナナキ。
あぁ、その仕草も、この目も、この匂いも。
間違いない、ナナキだ。
「ボクも元勇者だ。当然、キミの中にいる」
そう言えば、そうか。
すとん、と心の欠けていたパーツが揃った気分だった。じゃあ、ナナキは本当にずっと、近くで見ていてくれたのか…。
「もっとも、キミの実力が足りないがために、ボクはシャルに封印されてるけどね。今回は特例中の特例で、シャルから引っ張り出されたんだよ」
「……悪いな」
「構わないよ。これでもボク、昔は夢見る少女で、悪い魔法使いに攫われた後、勇者に助けてもらえるって思ってたんだよ?…まぁ、ボク自身が勇者で、しかもこんなに血生臭いとは思ってもなかったけどさ」
微かに笑うナナキに俺が何も返せないでいると、ナナキが「だからっ!」と元気よく声を出す。
「だから、キミがいつか強くなって、もっとずっと、今なんかと比べ物にならないぐらい、強くなってさ、ボクを助け出してよ。だってキミは、今代の勇者でしょ?」
「──っ」
「ほら、目を覚まして。キミの戦いはまだ終わってないし、物語の幕を下ろすには早すぎる。絶体絶命のピンチだけど、それをひっくり返すだけの潜在能力ポテンシャル好機チャンスもちゃんとある。あとはキミが起きるだけだよ」
ほら、彼女もキミを呼んでいる──。
その言葉を最後に。
彼女の姿は溶けて消え。
俺は目を開け。
誰かの悲鳴を聞いた。
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