大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

緋眼と雷光

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今思い返せば、《雷光》と真面目に戦ったのは一年前に一回こっきり。それも、当時は他の《亡霊》も憑いていた、所謂万能状態。
そりゃ《雷光》相手でも手玉に取れるだろう。俺よりも目がいい亡霊が四方八方を見てんだから、死角なんざ無いし当時はそれに合わせれた。
だが、今あるのはほぼ俺の力のみ。勝てるかどうかは正直未知数。
《雷光》の動きは見えはする。追えもする。
だが、その先。
戦いという場において、雷速の彼女にどこまで食いつけるか。
──特に合図もなく、俺と《雷光》が同時に動いた。
《雷光》が生身のまま踏み込み、俺に肉薄。流れるような動きで刀を抜き、俺に斬り掛かる。
対する俺も同時に踏み込む。しかし銀剣のため初動がどうしても遅い。
胸を絶つかのような鋭い一撃を、身を逸らし、身体をひねって辛うじて回避。その勢いのまま剣に回転を乗せる。初速、挙動、どちらも正直微妙だが、最低限は得た。そのまま双剣をすれ違いざまに《雷光》へ叩き込む。
入り方は甘いが、回避も不可多少は血が流れる。そう思って放った斬撃は、彼女がスキルを使うまでもなく、あっさりと回避される。
「ッ!?」
ぐん、と。
強い強い地面の踏みしめ。まるで手のひらで掴んでいるかのようなその動きは、俺の剣を回避するには十分な動きを実現する。
しかしその程度はこちらも読んでいる。本当は《雷身化》で避けられると思っていたのだが、まぁ結果は変わらない。
「おおッ!」
最小限の動きで回避した《雷光》。当然未だ互いに間合いの中。回転を乗せた連撃を繰り出しつつ、口の中で小さく詠唱を続ける。
一方《雷光》はそれを尽く最小の動きで回避。全ての攻撃を紙一重で避ける。
「なんだ、病み上がりでどこか悪いのかと思ったが…充分強いだろう、《緋眼騎士》」
「違う、違う…?今強くたって、もっと強くなる。あぁそうだ、誰よりもずっとだ。魔族だろうが英雄だろうが関係ない。誰よりもずっとずっと強く──あぁ最強になりたい」
けれど、その高みは。
ふと剣戟が止まってしまう。
「何よりも強くなりてぇけど、それだけじゃダメ、なんだ」
つぅ、と勝手に頬を伝って涙が流れ落ちた。
『レィア!?』「《緋眼騎士》!?」
「ぁれ、なんで──」
身体の制御が上手くいかない。勝手に目から涙が溢れる。その事に、戦いの真っ只中だと言うのに珍しく《雷光》も慌てる。
あぁ、分かってしまった。
きっと俺は最強になれる。いや、あるいは誰しもがなれるのかもしれない。
けれどそれは、俺自身が全てを費やしてなることが出来る、たった一人の細くて寂しい道。
それは物としての道で、そして誰も傍にはいない道。
だから俺はそれを選べない。救えるものを両手いっぱいに抱いて、守りたいものを抱え込んだ今の俺は、その道に行けない。
弱くていいとは決して言わないし思わない。その道がおかしいとも悪いとも否定しない。
だが、俺にはもう選べない。
だってアーネがいるから。
彼女の為に、物である事を捨て、ヒトである事を始めたのだから。
そうか、ヒトってのは感情が溢れると泣くのか。そんな訳の分からない感想が何故か沸いた。
くだらないと笑い飛ばされそうな幻想。誰しもが夢見る「最強」という称号。それが心のどこかで追い求めていた俺の夢。
その否定が今になって理解できた。
あぁ、あの人達は、凄く優しいのか。
「だ、大丈夫か…?」
「はは、ははははははははっ…」
「ひ、《緋眼騎士》…?」『大丈夫か?変なもん食ったか?』
だからこそ、俺は笑った。
泣いていたことを吹き飛ばして笑った。
視界が揺れるぐらい笑った。
この訓練所に響き渡るぐらいに笑った。
笑えなくても、それでも笑った。
俺はどうしようもなく《勇者》で、だからこそ誰よりもヒトに憧れる。その意味。ヒトであると言うのはなんと贅沢な事か。
「いやぁ、何、答えが出た」
「そ、そうか…よかったな?」
「あぁ、あぁ。理解した。そうか」
きっと間違っているだろう。けれど、間違っているからと言って正しくない訳では無いのだ。
「そうか、ただただ強いってだけに、ヒトは耐えられないんだな」
そう言って、俺は銀剣同士で側面を軽く擦る。
文字が踊り、剣が輝く。警戒して動かない《雷光》を後目に、鍵となる言葉を言って銀剣から黒剣を抜く。
「強欲で、贅沢で、寂しがり屋で。だから強い。ただ強いだけじゃダメなんだ」
そう言って、剣をカチャリ、と腰に収め直す。
「なぁ《雷光》」
「どうした《緋眼騎士》」
「次の一撃で決めよう。お前も全力で来たらいい」
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