大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

過去と子

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シエルが乱入してきた後、何故かわからないが彼女が泣きじゃくっていたのでひとまず部屋から出、あてがわれた部屋に戻らせて貰った。
「シエル、どうした?」
まだ泣いているシエルにそう聞く。
「………うっ、ひっ、だって、おかあ、さん、が、ひっ、しん、じゃった、かとっうっ、ひぐっ、わたしの、せいで、ちが…」
…あぁ、そういう事ね。
「大丈夫大丈夫。そう簡単に死なないし、シエルのせいじゃないし。次から気をつけてくれればそれでいいしさ」
頭を撫でながらそう言ってやると、シエルも段々落ち着いていく。
「…なんでなったのか、言えるか?シエル?」
耳元で囁くように聞くと、シエルはびくりと身体を強ばらせた。
そして昨晩の様に震え始めた。
「あぁいや、無理ならいいさ。今はいい。いつか教えてくれれば、さ…」
それが何時なのかは分からないし、何か手遅れになってから分かるのかもしれない。
でも、それを知るのは今じゃなくてもいい。
「………しろくて、ぎんいろで、おっきな、め…」
しかし、小さな身体は少しでも何かを俺に伝えようと必死になっていた。
小さく、小さくシエルが洩らすようにして口の端から言葉を紡ぐ。
「シエル、無理しなくていい」
「………くろい、うろこに、おおわれてる、くちは、いっつもまっかで、それで…」
「シエル?シエル!!」
異変に気づいたのはその時だった。
俺は慌てて彼女を揺さぶり、こちら側に引っ張り戻す。
明らかに目がヤバかった。
まるで、巨大な何かに引きずり込まれるような。
まるで、俺が勇者達の意識に引きずり込まれかけた時のように。
もし、そっちへのなら。
押し上げる人が──引っ張りあげる人が必要だ。
じゃなきゃ二度と戻ってこれない。そんな気がした。
「………おかあさん?」
おそらく、ほんの数秒程度だったが、揺さぶっていると、シエルが不思議そうにこちらを見ていた。
「…よかった」
ぎゅっ、と彼女を抱きしめる。
「…シエル、俺はお前がどんなことをされたのか、どんなものを見てきたのかは知らない。いずれ知りたくはあるが、今は知らなくていい。だから無理しないでいいから。ゆっくり、ゆっくりでいいから」
手の中のこの温もり。
あぁ、これを昔、ナナキも知ったのだろう。
儚く脆く、幼くまばゆく──そして愛おしい。
これが家族なのだろうか。
「………おかあさん、くるしい」
どうやら、力を入れすぎたらしい。
「悪い悪い。大丈夫だったか?」
離してやると、シエルの整った顔がしっかり視界に入る。
白い髪にそれと真逆の浅黒い肌、そして全てを見透かすような金の瞳。
似ているのはせいぜい髪の色程度だが、それでも俺はこの子の親をしよう。
「………ん。…おかあさん、ないてる?」
「いや、泣いてないよ」
頬に触れると、何故か濡れていたが──それがシエルのものなのか、俺のものだったのかはわからなかった。
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