大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

魔法と半魔

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特定の物を見た時、負のイメージを持つ存在が誰しもいると思う。
幼い頃に犬に噛まれたから犬が怖い、嫌いだ、とか。
昔は好きだったが、その反動かどうか今は肉が嫌いだ、とか。
あるいは理由もなく、カサカサ動く黒い虫が嫌いだ、とか。
ともかく、そういう存在はどうしてもいるだろう。
極端に言えば、勇者にとっての魔王、魔族はきっとこれだ。
もっとも、これは非常に優しく言った形。もっと直接的にいえば、見た瞬間殺したくなるような、本能的な拒絶がそれだ。
何が恐ろしいかと言うと、その事自身はまるで疑問に思えないのが恐ろしい。
息を吸って吐く如く、首をひねって千切り落としたい。
自然とそういう発想が出てくるあたり、やはり俺も勇者なのだと再確認させられる。
「どうした?」
入って来て何も言わないシエルにそう聞くが、「………あ……えっと…」を繰り返すのみ。彼女なりに言葉を探しているのだろうが。
「何が言いたい?何が聞きたい?何をしたい?何でも言えばいいさ」
溜息とともにそう聞く。
とりあえずテーブルに右肘を乗せ、頬杖をついて足を組む。どうせ夜中まで予定は無い。時間はあるが…背筋がざわつく。早く出て行ってくれと望んでいる。
「………あ、その、まほう、おぼえた」
「あ?あぁ、モーリスさんとかから習ってたんだっけ?使えなかったもんな、お前」
「………ん」
まぁ俺が言えたことじゃないが。
アーネとモーリスさんが教えたなら、才能が無いかやる気が無いかでもないと、結構な腕前になるだろう。彼女は半魔族だから才能は問題無いだろうし、自分から教えて欲しいと行ったらしいし。
問題は、将来的には魔王になるであろうこいつに魔法を教えていいものかどうかという話なんだが。
「《集えよ力、夢を器に形を成せ──》」
「は!?」
なんの脈絡も無い、突然の詠唱。渦巻く魔力も尋常ではなく、余裕で俺の魔法返しを抜いてくるだろう。
しかも魔王候補の半魔族が無詠唱ではなく、れっきとした詠唱としての魔法。魔術じゃないだけまだマシか?
魔法は詠唱である程度どんな魔法か分かるらしいが、俺にはそこまでの知識はない。ただ確実に言えることは、半とは言え魔族の詠唱だ。
ワンフレーズもあれば、魔法の大半は既に詠唱し終えているのと同義だろう。
「《夢よ、幻から現へと至れメモリアライズ》」
魔法が発動した瞬間、俺は即座に血鎧を発動した。
直後、全身を包み込む悪寒。まるで化物の腹の中に放り込まれたような、絶望的な不快感。
息が苦しい。窒息している訳では無いが、不快感のせいで酷く、酷く、息苦しい。
しかも。
血鎧が発動しているのに、魔法が消える様子はない。いや、血鎧は発動しているが、
これでは血鎧の意味がまるで無い。
しかも術者であるシエルの姿も見えない。それどころか、部屋の様子すら見えず、全てが霧の中。緋眼をつかっても俺の身体ぐらいしか見えるものが無い。
どこから何が来る。まるで分からない。
その焦燥感は、先の不快感と結びついて、より一層強い不快感を生む。
やがて、霧全てが意志を持っているかのごとく蠢き始める。何が来るかわからない。鎧を装備し、金剣を握る。
数秒の後それは一点に集中し、渦を巻いて圧縮、そして爆ぜるようにして光が大きく広がる。
咄嗟に顔を守るよう防御をしても、まるで意味を成さない。光に呑まれ、そして次に目を開けると、部屋はどこにもなく──ただただ草原が広がっていた。
「あ…?」
状況がまるで掴めない。僅かな雲と、圧倒的な青空、鎧の隙間から肌を撫でる風。日差しは暖かく、陽気な気分にさせようとする。
だが、この空間に広がっている悪寒は未だ俺の身体を震え上がらせ続けている。
喉元に刃を押し当てられているとでも言うべきか、直に心臓を触られているとでも言うべきか。ともかくそういった類いのものだ。むしろ先程より酷くなっている。
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