大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
1,479 / 2,022
本編

目覚めと遭遇

しおりを挟む
そんな訳で翌日、朝七時半頃。
むくりと起きてみて、やはり寝不足だと実感する目覚めだ。
原因はつい一時間ほど前まで響いていたいびき。隣の部屋の壁を貫いてまで俺の眠りを妨げてきたのは誰であろう、大隊長のものだ。
泊まるとなったはいいものの、今朝まで泊まっていた宿は既にチェックアウトしている。
さて仕方ないので、どこかそこいらで宿を取るかと思った所、大隊長が一つ部屋が空いているからそこを使えと言ってくれたのだ。
で、その場所がここだったと。周りの隊員のリアクションから、最初は誰か死んで空いた部屋かと思っていたのだが、もっと単純に、大隊長のいびきに誰も耐えられないから空いている部屋なんじゃないかと思える。
そのいびきも消えた。大隊長ともなれば忙しい身の上か。朝早くから大変だな。
昨日のうちに洗い、乾かした服を回収し、軽く掃除と片付けをしてから部屋を出る。
…よし、今軽く動いてみた感じ、特別不味い感じはしない。素人の経験則で行われるような雑な縫合ではなく、きちんとした知識のあるプロが施す手当では、やはり施術後の感覚が大いに変わるな。
しかし、やはりというか、どうも黒剣は斬れ味が良すぎるらしい。プロに治して貰ったからと言って、ここまで違和感がないのも少し異常だ。
断面が綺麗過ぎるからこそ、ここまで抵抗もなく傷が馴染むのだろう。それこそ、斬られた相手がその事を知覚出来ないほどに。
とは言え、今回はその事がプラスに働いている。傷が既にくっつき始め、二、三日もすれば引っかき傷程度になるのではないだろうか。
そう判断しつつ部屋を出ると、偶然ニケと鉢合わせた。
「これはどうも、レィアさん!おはようございます!もう出て行かれるので!?」
「おはようニケ。元々昨日のうちに出てくつもりだったしな。これでも遅すぎるぐらいだ」
「そうでしたか!次はいつ頃来られる予定ですか!?」
「まだ決まってねぇな。ま、早くとも半年後って所じゃねぇの?」
等としばらく雑談を交わす。思えば森を出て、全てが始まったのは聖学に入学してからだが、その方針を決めてくれたのは彼女だったか。
「──所でレィアさん、少しお聞きしたいのですが、昨日、最初に僕と会った時に居たもう一人の隊員がどこに行ったか知りませんか?」
「あ?ンなモン知る訳──」
いや。違う。
違う。知っているのだ。
ニケの同僚だった金髪の女は、あの半魔だった事を思い出した。
「あの時、レィアさんにこの場を離れるよう言われて、情けないですが下がってしまいました。彼女は親友なのですが、探しても見つからず、あの後から連絡も取れなくて…せめてどこへ逃げたかぐらい分かりませんか?」
俺が殺した。などと言えるはずもない。かと言って、このまま待たせ続けるのも良くないだろう。
「大切な友達、だったんだな」
何故かそんな言葉が出た。
「ええ、それはもう!だからこそ、ああなった彼女がどうしてあんな行動に出たのか、その後どうなったかを知りたいんです」
「…そうか」
少し考え、迷い、そして彼女の顔を見る。
なんと純粋で真っ直ぐな目をしているのか。
俺は真実を言うか、嘘を言うか決めかねたまま、ただ口を開いた。
「あー」
「いえ、やっぱりいいです。ありがとうございます」
「………は?」
思わずそのまま、間抜けな声が出た。
「いいのか?」
「はい。いいんです。レィアさんがそんなに迷うってだけで、もう充分です」
「………そうか。悪い」
「何故レィアさんが謝るんですか。というか、僕初めて聞いたかもしれません。レィアさんが謝るの」
茶化すように言って、ニケは踵を返す。
「それじゃ!僕はまた仕事があるので!また今度、いつか会いましょう!お元気で!」
そう言うや否や、ニケが走り出した。
スキルも乗っているのだろう。凄まじい勢いで駆けていく彼女を、俺は見送るしかない。
「…元気だなぁ」
それには空がつくのだろう。ただ、彼女にとってはそれでも充分なのだろう。
「…行くかな」
シャルはまだこちらに来ていない。
マキナもじきに石の影響に対策を取れる頃だろうが、まだ直っていない。
誰もいない廊下に、俺の独り言が静かに染みた。
しおりを挟む

処理中です...