大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

魔法と緋眼騎士 終

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──その瞬間、俺の視界は全てが真っ白になった。
全てを光で塗りつぶされた、痛々しい白。そう理解するのに一瞬。
放たれた側からは何も見えない程の大きさの魔法。そうとしか理解出来ず、既に俺に落ちているとするなら、恐ろしく早い魔法。
だがしかし。
俺の剣は既に振り抜かれた。
絶対切断の黒の剣は、俺の描いた斬撃に触れた魔法を、光を、音を、何もかもを切り、目が潰れんばかりの光の中で、薄い薄い黒の✕の線を生み出していた。
体感時間は十秒と少し。その間、俺は光の中にいた。
やがて突然光が消え、視界が元に戻る。
直後に鳴り響く破砕の騒音。
「あぁ?」
辺りを見渡すと、視界の届く範囲の地面が抉れ、焼け焦げていた。
壁を見上げると、どうも太い何かが落ちて来たのだろうか。俺の背丈三人分の程の太くて黒い焦げ跡がコルドーの位置から俺まで真っ直ぐに降りているのが分かった。
「なんつー魔法だ」
右手のマキナを変形させ、鉤縄を作り出して壁の中央あたりまで飛ばす。遠心力も利用して壁に突き刺し、巻き戻す勢いでそのまま宙を飛び、コルドーのいた塔の上に着地する。
「よう、コルドー。気分はどうだ」
「きっ、貴様っ、何故生きてッ…」
今の魔法の反動か、それともそれ以上の何かか。コルドーの顔色が悪い。肩で息をし、影色の騎士を出す余裕も無いのだろう。指に着いていた指輪は全て砕け散り、足元にその残骸が残るのみ。その欠片にはもう輝きは微塵も残っていない。
コルドーの額からつぅ、と汗が一筋流れ落ちた。それを皮切りに、どっと汗が滝のように溢れてくる。疲労からか、顔もより老けたように見えた。
「斬った」
「何を…何の話を…」
「だから、なんで生きてんのかって話だよ」
「……?…っ!!」
「お前の魔法を斬った。そんだけの話だ」
マキナを解除し、鞘に収まった黒剣だけを腰にさげる。この男にもう戦う力も意思もない。
「貴様、本家の…いや、別の分家か!?」
「あぁ?何の話を…」
そこまで言って気づいた。
この男の両耳の上の方に、揃って小さな小さな傷跡がある事に。
「そういう事か。お前、耳長種エルフの下級貴族か。そりゃ納得も出来る」
本筋の貴族の家系から外された貴族達。何をして外されたのかは大体想像がついた。
「だが、俺はアンタの言うような耳長種エルフの家のモンじゃねぇよ。ちょいと剣の腕に自信があって、ちょいと以上に道具が揃ってるだけで、貴族様達と比べたら一般人もいい所だよ」
「特級魔法を斬っただと…?しかも耳長種エルフですらない一般人が…?ふざけるな。お前も魔法に刻まれた魔法陣が見えるというのか?」
「いんや全然。残念ながら見えるのは魔力の流れと生命力までだな。後はちょっと眼がいいぐらい」
「なら何故……」
「勘。あとはまぁ…武器が良かったからだな」
軽く黒剣の柄を叩く。
「はは…はははは…ははははははははは…」
突如男が笑い始めた。疲労が強く滲む笑いは掠れ、途切れ途切れになりながらも男は笑い続けた。
「そうか、龍人種ドラゴニアンの家宝を。宝剣か…あの欲張り龍人種ドラゴニアン共の…それなら卓越した技があれば届きうる。なるほどそうか…」
「見りゃわかるのか。こんなに形が変わっても」
「あぁ分かるとも。一般人や他の貴族ならわからんかも知れん。だが、耳長種エルフは実物より物に宿る魔力や魔法から。龍人種ドラゴニアンは自分達の持ち物であったというその執念から。一目見れば必ず気づく…とは言え、耳長種エルフならこんなもの、見つけても気にもかけないだろうが」
まだ笑い足りないのか、そう言ったあともまだ笑い続けるコルドー。しかしやがて身体を起こし、塔の縁に手をつきつつも立ち上がる。
「いや…しかし一日に三度も驚くことになるとはな。耳長種エルフと言っても寿命が縮みそうだな」
「三度?」
「あぁそうだ。三度。君に私の全てを出し尽くした特級魔法を斬られた事。それを成したのが貴族でもない、ただの小娘だと言う事。そしてもう一つ──」
そう言って突如、コルドーは身を投げた。
「なっ!?」
『は!?』
突然の事過ぎて反応が遅れる。手を掴もうと飛びかかるが、既に身は下へ落ちた後。
覗き込むと、凄まじい勢いで何かが下から上に上がって来た。
咄嗟に顔を守りつつ後ろに仰け反ると、まだ笑っているコルドーと、さっき逃がした半魔がワイバーンに乗ってこちらを見下ろしていた。
「もう一つは、魔族に亡命しろと言われた事だな」
「コルドー…!」
「動かない方がいい。そこの彼女から、魔族の魔法なら君に届くと聞いている。魔族の魔法と君の跳躍、どちらが早いか分かるだろう?」
「ッ………!」
「ではさらばだ。あぁそうだ、ついでにひとつ、答えをあげよう」
「あぁ?」
「魔族と研究していたのは私だけでは無い。ヴィンセイム…ここの元都市長である彼もだ。単純な話…互いに罪を擦り付けあっただけだ」
「糞共が!!」
視界が真っ赤に染まる。
背中が熱く沸騰する。
既に身体は限界を超えてそれを求めていた。
こいつに対し、ヒトとして接する時間は終わったのだと。
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