大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

スキルと捕縛

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顎を蹴り抜いた直後、俺はそのまま体勢を立て直す事が出来ず、受け身も取れずに転んだ。
手応えはあった。確実に顎先を蹴り抜いてやった。あれならまず間違いなく脳が揺さぶられて失神コースだ。
クソ、思った以上にボロボロになっちまった。たかが研究員一人とっ捕まえるだけなのに、苦手な相手と状況になっただけでこうも情けない姿を晒す羽目になるとは。
とりあえず喉の傷が一番まずいが、マキナで応急処置はしてある。俺の魔力に触れ続けるのだから、魔力が切れて変形が解除されることも無い。身体にはよろしくないが、一時間ぐらいなら特に支障は出ないはず。
まずはピィとか言ったあの女を縛り上げて──
「心底驚いたヨ。まさか不意を突いてあんな強烈な一撃を見舞ってくれるとはネ」
「!?」
ぐるん!と振り返ると、そこには女が何事も無かったかのように立っている。
「完璧に決まっただろうが…寝とけよ」
「悪いナ。戦闘において弱点を減らすのはまず基本ダ。ネタバラシだが、私は脳や心臓を欠片の状態で維持していル。頭蓋骨の中はほとんど空洞だから、頭と一緒に揺れるはずの脳も空洞の中で浮きながら安定している訳ダ。顎先を蹴られた程度では倒れんヨ」
「はー。卑怯くせぇ」
「この程度では差程卑怯とは言えんと思うがナ」
そう。スキルとはそういうものだ。能力としてあるなら、如何にバカげたものでも成立する。
凍った炎も、見えない斬撃も、絶対に貫けない防御も、的中率十割の未来視も、時を止める魔眼も、そういうスキルなら有り得る。
彼女はそのスキルを上手く使っただけに過ぎない。ましてや世の中にはもっと理不尽なスキルだってごまんとあるのだ。
「クソ…」
スキルを使って身体を起こす。動けない四肢を、操り人形のようにして立たせる。
「寝ておケ」
しかしそれも許されない。あっさり足払いされ、側頭部を強かに打ち付ける。
「闘志は認めル。見合った力もそれなりにあル。だが、今この場のお前ではどうしようも出来ン」
ピィが懐に手を突っ込み、スキルで出来た自身の欠片をいくつか出して動けない俺の手首と足首を触る。
すると、欠片が突如膨張し、肉で出来た手錠と足枷を形作る。
拘束は肉で出来ているが故に収縮し、関節を外してもピタリと吸い付き離さない。
血刃なら切れるだろうが、研究所のやつに下手に見られると面倒な事になる。だから血呪もマキナをつけてからじゃないと使えなかったんだ。
クソ、どうすんだこれ。
「無駄な足掻きだゾ。ルトでも千切るのに十五分はかかっタ。大人しくしておケ」
そう言ってピィがカイル先生の机を開けていく。
ルトを十五分抑えたと言うなら力押しは無理か。しかし他に取れる手段つったら金剣で切断するぐらい──あ。
ピィの方を一瞬見る。まだ引き出しを漁っている途中らしく、こちらに注意は向いていない。
なら、やることは一つ。
即座に髪で剣を引っ張り出し、出した金剣の刃で手錠を切り落としてみる。
手を思い切り振り下ろすと、手錠の三分の一ぐらいまで剣が入っている。
もうあと二回、二回振りおろせれば──
そこで俺の意識は途絶えた。強い衝撃が首筋に叩き込まれたらしい。
意識が落ちる寸前に聞こえたのは、ピィの「大人しくしてロ」と言う言葉だった。
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