大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

寝覚めと気分転換

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その日の夜、何とも薄気味の悪い夢を見た。いや、厳密に言うなら薄気味の悪い夢を見た気がする、か。
文字通りの意味だ。何か見た気がするのだが、その肝心の内容をほとんど覚えていない。なにか魔族に関係する夢だった気がするが、それぐらいしか覚えていない。
はて、誰かの記憶が紛れ込んだか。シャルか、レイヴァーか、俺の中にあるナナキの記憶か、それともまた他の何かか。本当、厄介な星のもとに生まれてしまったものだ。
ふと時計を見ると朝四時。起きる時間にはまだ早すぎる。かと言って寝るのもまた難しい。意識は既に覚醒しきってしまっている。
少しの間、ベッドの中で横になりながらどうするかを考えた。
普通ならそうこうしているうちに眠りに落ちていくものだが、今日ばかりは例の夢のせいか中々眠れない。うっかり出そうになる舌打ちを堪えて起きる事を決めた。
「…ん」
ベッドから出ようとすると、アーネが俺の手を握っているのに気づく。こいつから握ってきたのだろうか。
そっとアーネの指をほどいて立ち上がり、もう一度時計を確認する。
時刻は四時二十六分。やはり早い。
寝汗でベタつく寝巻きに若干の苛立ちを覚えつつカーテンの隙間から外を見ると、やはり外もまだ暗いまま。だいぶん空が白んできているが、日はまだ出ていない。
そうだ、外に出てみようか。そう思ったのは流れる風が心地よさそうに思えたからだった。ついでに日の出でも見てこの気分を切り替えてこよう。
いつぞやのように窓から部屋を出、髪を伸ばし、ひょいひょいと僅かな取っ掛りや窓の縁を掴んで登っていく。
ほんの数分で寮の屋上へとたどり着き、その場で手を大きく広げ、風を受ける。
………正直言って壁登ってる時の方が風あったな。
まぁいいさ、登ってる間に汗は乾いた。あとは日の出を見たら部屋に戻ろう。変に部屋を抜け出すとアーネがまた心配するし。
えーっと、日の出は確か東の方だから結界を後ろにして…右?あっちか。
特に立って見る必要もないので胡座をかき、ふと意識を懐かしの我が家、紅の森に馳せる。
今頃は多分朝の襲撃があるぐらいかとか、ヤツキは元気にやっているのだろうかとか、夏休みは少し顔を出しに行こうかとか。
しまったな。今更だが、義肢を作る素材を取りに行かせた時、手紙でも持たせときゃ…って、そもそも文字読めなかったな。まだ頭がボケてるらしい。
そんなことを考えていると、ようやく太陽が輝きを放つその姿を見せ始めた。
直視出来ないほどの鋭い輝き。目を細めつつじっと見るが、明らかに目に悪いなこれ。
ふいと視線を外し、背伸びをして太陽の光を一心に浴びる。深い意味は無いが、せっかくなので思い切り浴びてみた。
さて、帰るか。そう思った時、ふと気づいた。
誰かが後ろにいる。
こんな朝早く、それも寮の屋上で?
「誰だ?」
特に身構える訳でもなく、それこそちょうど朝の最初の挨拶ぐらいの気持ちで、気軽にそう聞きながら振り返った。
厚手のフードと革手袋を身につけた、小さな人影だった。
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