大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

調整と剣

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俺一人しかいない訓練所に、風切り音が絶え間なく鳴り続ける。
七十八、七十九、八十、八十一……八十二連撃目で直感的に理解した。
「──あ、ダメだ。これ身体ちぎれる」
銀剣の加重によって振る速度が増し、その勢いを殺すのではなく、さらに加速させる方向に持って行っているため、延々と加速し続ける銀剣。
しかし流石に限度という物がある。
今これ以上の加速をすれば、身体が受け流しの負荷に耐えきれずにちぎれる。
というか手足がもげる。
咄嗟にそう判断し、武器を放り投げた。
「んー、やっぱ生身じゃ限界あるなぁ」
ついさっきまで凄まじい勢いで剣を振っていたせいで身体の関節部が痛い。まともな運用を考えるなら生身だと四十連撃ぐらいが限界だろうか。
相手が大半受けてくれるとしたら六十は…いや、そもそもこんな威力のおかしい連撃を受けてくれるような相手がいるとは思えない。やはり四十が限界と言った所だろう。
ちなみにマキナを装備してなら六百十二回まで振れることは確認してある。マキナってやっぱすげぇな。
にしても、身体への負担が少ないこの形でもこれかぁ…
と、そこで訓練所の扉が開いた。
「お、来たかアーネ。間に合った?」
「なんとか間に合いましたわよ。すぐに婚約者さんの所へ会いに行くと部屋を飛び出していきましたわ」
朝早くに訓練所を(勝手に)貸切り、一人で剣を振り続けることおよそ三十分。
元々一緒にここに籠る予定だったアーネが、ユーリアの支度を終わらせてからやってきた。
「そりゃよかった。アーネ、サンキューな」
「どういたしましてですわ。ところであなた…この武器は…?」
扉のすぐ真横に突き刺さっている銀剣を見て、アーネが不思議そうに言う。
「あ?あぁこれ?お前に見せるのって初めてだっけ?」
と言ってから、そもそもこれを誰かに見せる気そのものが無かったことに気づく。
「まぁ、お前になら見せてもいいだろ。今回の銀剣も変形する」
「前のあれもそうでしたわね。もっとも、大剣から双剣でしたけれど…」
「今回のは双剣から変形するが、まぁその辺はどうでもいいんだ。重要なのは今回双剣の形から二つに変形することだな」
「二つ?という事は全部で三つですの?多いですわね」
「ま、手札は多いに越したことはない。ましてや俺当人は正直貧弱だからな?」
アーネが「何言ってんだこいつ」みたいな顔をしているが、これは本当。
武器、鎧で隠してはいるが俺そのものは貧弱だ。
それをどうにかこうにかやりくりして、強くなる事に必死になって、ようやくこれだ。
自分の事を才能がないとか、恵まれてないとか、なんて言うつもりはサラサラないが、間違っても俺は最強ではないし、無敵でもない。
そう言うことをアーネに知っておいて欲しかった。
………はて。何故俺はそう思ったのだろうか。まぁいいか。
「そんな事はとっくの昔に知ってますわよ。誰があなたの身体を治していたと思ってるんですの?」
しかもどうやら言った相手は充分知っていたらしい。なんとも締まらない話だ。
「………さて、ユーリアの手伝いに行く見返りに軽く手ェ抜いて相手して欲しいんだっけ?いいぜ、やろうか」
照れ隠しにそう言って、武器も持たずにかかってこいとポーズをとりつつアピールする。
「あら、いいんですの?それでは遠慮なく…!」
アーネの中心に魔力が渦巻く。
燃えるような紅蓮の魔力は、すぐにもその色の通り、全てをを焼き尽くす炎へと姿を変えるだろう。
「ホント、羨ましい」
思わずそう言葉が漏れた。
その炎だけは俺がどう足掻いても手に入らないものだから。
どこまでも強くなりたい俺に、唯一はっきり「不可能」と断言されたもの。
代わりに貰えたものは魔法を絶対に殺す能力。
手足にだけマキナを纏い、最低限の防御を済ませて軽く構える。あいつはちゃんと分かってるからこそ全力で魔法を撃ってくる。魔法返しがある俺でも、気を抜けば大怪我間違いなしだ。
「行きますわよ!!」
「かかってこいよ!」
それでも高鳴る胸の鼓動。アーネが魔法を撃った瞬間に踏み込み、狙いを外させる。
アーネが先に俺を撃ち落とすか、俺が全て避けてアーネを捕まえるか。
初手は目くらましの大火球か!
なら横にステップを踏み、回避して──
「やぁレィア!ちょっといい──なんだこれ!?」
乱入してきた声は明らかにユーリア。
とりあえずアーネが魔法を消し、俺も構えを解く。
「…なんだユーリア」
「いや、例の彼とちょっと会って欲しいんだが…どうした?その眉間のシワは」
「なんでもない」
タイミングが悪すぎんだよ。言わねぇけどさ。
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