大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

馬車と薬

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「なるほどぉ?つまり、トゥーラ先生が最も適任だから連れていけと。でも疲れてるから寝かせとけと?」
「そういう事だな。どうも職員側の人手の大部分を入試の方に入れているようで、どこも人手が不足しているらしい。職員室もガラガラだっただろう?」
言われて思い出せば、たしかに人は少なかったな。オードラル先生の他に数人いるだけで、かなり閑散としていた。
「なるほどなー、新人の先生すら使い倒さにゃならん状況か。つか、龍種になれるんならこの先生だけでいいんじゃねぇの?」
ひょいと視線を先生の方にやると、ゆっくりと上下する豊かな双丘。ぐっすり寝てやがる。
「その辺は私にもわからないな。何らかの事情があるのだろうが…」
《雷光》も先生の方を見、「全くわからない」と言わんばかりに緩く頭を振る。
「あとどれぐらいかかりそうですの?」
特に話すことも無く、黙った《雷光》の代わりにアーネが口を開いた。
「んー、どうだろ。この調子なら一晩明けて昼前ぐらいに着くかな」
前の時もそんな感じだったし、と思ったが流石に言わない。あん時ゃ俺も必死こいてスレイプニルを走らせたものだが、今思い返してもなんであんなに必死になったんだろうか。わからん。
「昼前ですの…わかりましたわ」
何かあったのだろうか。ついでなので、一応荷物のことも言っておくか。
「食料、水、結界の通行証、その他必要な物もきっちり積んであるし、包帯とかも一応ある。あとは…」
「……そう言えば。おい、《緋眼騎士》」
「あん?」
「荷物で思い出した。粉はあるか?」
「あん…?粉?」
何の話だ?チーズパウダーか?
「ほら、話しただろう。魔獣を呼び寄せる薬の話」
「……あっ」
どうだっけ。待て。落ち着いて考えると………そもそも積んた云々の前に、貰った記憶すらない。
「………忘れたかも」
「………取りに戻るか?」
学校を出て既に三十分。道のりの事を考えるとすぐに引き戻れる距離だが、もう既にここまで来てしまっている。
「…どうにかなるんじゃないか?」
「どうにかなるか?私は取りに戻った方がいいと思うが」
戻れなくはない距離だが、このロスは結構痛い。やっちまったなぁ。
「…薬ってなんの話ですの?」
「あー、魔獣を呼び寄せる薬があるらしいんだがそれを忘れてきたっぽい。取りに戻るわ」
「主に結界の外縁部分の内側で使うものなんだが……」
「魔呼びの媚薬ですかぁ?」
「あぁそれだ。よく分かったな」
「えぇ。まぁ、先生ですから」
………ん?
「おはようございます。えーっと、シィルさんとシラヌイさん、あと…ケイナズさん、ですよね?ごめんなさい、まだちょっと生徒の名前をちゃんと覚えられてなくって……」
いつの間にか起きていたようだ。随分とお疲れだったようで、まだ少しぐったりとしているようだが、まぁ馬車は慣れるまで大変だからな。
「ともかく、魔呼びの媚薬なら持ってますよ、私」
と言ってどこからともなく取り出したのは手のひらサイズの瓶。中にはどぎついピンクと紫を混ぜ合わせたような毒々しい色。これ本当に人体に無害なのか?
「……先生、それってもしかして薄める前の物ですか?」
「はい。それが何か問題でも?」
《雷光》がやや引き攣った顔で聞き、しばらく何か思案した上で「いえ、なんでもありません」と答えた。
「おい《緋眼騎士》、戻る必要は無くなったぞ。そのまま馬車を進めろ」
「?、分かった」
結界の外縁付近に着くのは明日の朝方になるだろう。それまでは…暇だな。
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