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【人見知りの清掃員】
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しおりを挟むこれでようやく、家に帰ることができる。
しかしホッとしたのも束の間。サユルが笑みを引っ込め真剣な顔で口を開いた。
ほんの少しキリッとしたたれ目が、陽音を見つめる。
「ではハルさん。目覚めたばかりですみませんが、このまま事情聴取に移らせてもらいます」
「え…………?」
「ハルさんには辛い思いをさせてしまいますが、すみません。とても大事なことなので……。今団長を呼んできますので、少し待っていてください」
そう言って布の向こう側へ消えていくサユルを、陽音はポカーンと見送った。
──え、……? あれ? …………え?
言われた内容に、理解が追い付かない。
陽音はさっきまでサユルがいた場所を見つめ、パチパチと目を瞬かせた。
──…………じじょー、ちょーしゅ……? …………って、え? 事情聴取?!
なんだそれはと首を傾げ、一拍おいてようやく理解した陽音は、心の中で絶叫した。
──えーーーーー!? なんでどうして? 事情聴取ってなに? 帰れるんじゃないの?
ベッドの上で唖然と、内心パニックの陽音。
そもそも、事情聴取される意味がわからない。帰宅途中に貧血で倒れ、どうして事情聴取されなければならないのか。
事情聴取されるような悪いことはしていないし、する根性すらない。
もしかして、倒れてる間に何か事件でも起こったのだろうか。
だとしても、陽音は何も知らないから無関係だ。
陽音の眉間にシワが寄る。
──こっそり帰っちゃダメかな。
ただでさえ仕事のストレスと悪夢による心労、サユルとの会話で、陽音の心は悲鳴をあげてるのだ。
これ以上精神的に負荷がかかれば、間違いなく気絶する。
陽音はそっと息を吐き出した。
サユルが戻ってきたのは、それからしばらくしてだった。
陽音が曲げた膝におでこをくっ付けて小さく丸まっていると、小さな足音が近付いてきた。次いでシャッとベッドの横の布が開けられる音。
ビクリと肩が揺れた。
「ハルさん、お待たせしまし……大丈夫ですか?!」
「ぇ……?」
サユルの慌てた声に、陽音は顔を上げ、こてんと首を傾げた。
眼鏡の奥の瞳が心配そうに陽音を映す。
──なに……?
キョトンとした様子の陽音に、サユルはホッと息を吐いた。
どうやら丸まる陽音を見て、具合が悪くなったと勘違いしたようだ。
サユルはもう一度陽音に体調を確認し、問題ないとわかると、にっこりと笑みを浮かべた。
そして白い布を大きく開け、半歩体を横にずらした。
「ハルさん、こちらが団長です。ちょっと見た目が怖いですけど、真面目で優しい人ですから、安心してくださいね」
陽音を怖がらせないためか、軽く冗談めかして言うサユルだが。残念なことに、陽音の耳には届いていなかった。
布の向こうから現れたのは、がっしりとした体格の大きな男だった。
頭の後ろできつく結われた、赤褐色の髪。浅黒く日に焼けた顔は堀が深く、切れ長の目の中心では榛色の瞳が、力強い光を放っている。
ただ立っているだけなのに感じる威圧感に、陽音は目を逸らすことができず、硬直した。
まるで野生の狼のようで、少しでも動けば首を噛み千切られるような、そんな印象だ。
なんとも言えぬ恐怖と緊張感に、ドクドクと心臓が暴れる。
「ケルディア・マッカスターだ」
低いその声に、陽音はひうっと喉を鳴らし、無意識のうちに止めていた呼吸を再開した。
そんな陽音の様子に気づいているのかいないのか、ケルディアは数分前にサユルが座っていた椅子に腰をおろした。
その斜め後ろにサユルが控える。
「目覚めたばかりで申し訳ない。ハルさん、でよろしいだろうか」
陽音に目線を合わせ、静かに語りかけるケルディアに、陽音はコクンと頷く。
ケルディアはそれに頷き返すと、居住まいを正して謝罪と共に頭を下げた。
「ハルさん。先程は配慮の足りぬ行動で負担をかけ、誠に申し訳なかった」
突然の謝罪に、ビクリと陽音の肩が跳ねる。
「非常事態とはいえ、軽率な行動だった。誠に申し訳ない」
真剣な声色で頭を下げるケルディアは、陽音が返事をするまで頭を上げないのだろう。
しかし陽音は、厳つい男に頭を下げられるという恐怖と困惑に、脳内パニックで固まっていた。
──どどどどどうしてこの人謝ってるの?! 先程ってなに? 初対面だよね? あたし達。それなのになんで?! なにこれコワイ!
心なしか涙目でケルディアの頭部を凝視する陽音に、その心の内を察したのか、それまで無言で控えていたサユルが助け船を出した。
「団長。とりあえず頭を上げてください。ハルさんが怯えてしまいますよ」
「いや、しかし……」
「ハルさんも目が覚めたばかりで状況を把握しきれていないようですし。ひとまず頭を上げてください」
「む……」
初めは渋っていたケルディアだったが、サユルの言葉に、渋々頭を上げた。
プルプルと震え涙ぐむ陽音の瞳と、ケルディアの鋭い視線がかち合う。
ビクンと陽音の体が跳ねた。
「その……怯えさせるつもりはないんだ」
よく見れば、ケルディアの男らしい眉は若干潜められ、榛色の瞳が頼り無さげに揺れている。いつもは堂々と張られた肩も、やや落ち気味だ。
そんな、心底弱りきったという風なケルディアに、後ろに控えるサユルの肩が小刻みに揺れる。
未だ多少の威圧感は感じられるものの、獰猛さの削がれたケルディアの様子と、その後ろで明らかに笑いを堪えているサユルの態度に、陽音は少し落ち着いた。
そして、落ち着いたのと同時に進歩のない自分に落ち込んだ。
──もしかしてあたし、また過剰な反応しちゃった……? というかこれ絶対しちゃったよね? この人すごい落ち込んでるし……。
さっきまでとは違った意味で涙ぐむ陽音。
勝手に怯えたことを謝ろうにも、萎縮しきった喉は声をどこかに落としてきてしまったし、緊張しすぎて何を言っていいのかも分からない。
そんな陽音に、ケルディアは榛色の瞳を揺らし、ゆっくりと口を開いた。
「怯えさせて、すまない。……だが、少し私の話を聞いてほしい」
陽音はコクりと頷いた。それに安心したように息を吐くケルディア。
陽音は申し訳なさに、きゅっと唇を噛んだ。
「ありがとう。……まず、君を発見したのは私だ」
その言葉に、陽音の罪悪感は更に膨れ上がる。
──助けてくれた恩人に、あたしはなんて態度を……。
土下座して地中深くまで埋まってしまいたい衝動をなんとか抑え、陽音は深く頭を下げた。
「いや、頭を上げてくれ。私は君に負担をかけてしまったのだから……」
訳がわからずキョトンとする陽音は、無言で続きを促す。
「君を発見した場所は、ディストの森だ。それも立ち入り禁止区域の直ぐ近く。覚えているかい?」
陽音はフルフルと首を振った。
覚えてるもなにも、陽音が倒れた場所は住宅街であって、森ではない。そもそも森に入った事すらない。
何を言っているんだとケルディアを見上げる陽音に、ケルディアはこっそり拳に力を入れた。当たってほしくない予想が、確信に近づいたからだろう。
しかしそんな心情を微塵も感じさせず、ケルディアは話を続ける。
「そこで、意識を失っている君を発見し、起こしたのだが……。覚えているだろうか。ディストの森で少し意識を取り戻した時に、私と顔を合わせているのを。軽率な行動をとった私のせいで、君は直ぐに気を失ってしまったのだが……」
申し訳なさそうに、だがしっかりと告げたケルディアに、陽音は頭を巡らせる。
──覚えてるもなにも、森で倒れてないし……。まぁ森林浴する夢は見たけど……ん? あれ?
嫌な予感に、陽音の表情が固まる。
──夢の中であたし、一回目が覚めたよね? それで見知らぬ人に抱っこされて、ビックリして……。
心配そうに自分を見つめるケルディアの顔をよく見てみれば、何となく見覚えがある気がしてきた。
嫌な予感に、肌が粟立つ。
──この人も、森であたしを見つけて、起こして。で、あたしが気を失っちゃったから、ここに運んでくれたんだよね。
重なる内容に、血の気が引いていく。頭がクラクラして、手足の感覚がない。
目の前で、ケルディアとサユルが焦った顔で何か言っているが、まるで水中にいるみたいに、よく聞こえない。
薄れゆく意識のなか、陽音はポツリと思った。
──あぁ……。これ、まだ夢の中だ……。
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